🍋🍯短編　日記絵より

　レモーノが仕事から帰ってきた音がしたので、僕はペン先を拭って、ペン立てに置いた。彼は帰宅後、手洗い諸々を済ませて、お茶の準備をして、僕を呼びに来るのが日課だ。僕も本に栞を挟んだり、体をほぐしたりして、ノック音が鳴るのを待つ。
　しかし、今日はなんだか様子がおかしかった。まず、階段を上る足音が遅く、重く、途中で少し止まった。疲れているだろうし、驚かせて階段から落ちてしまったらまずいと思い、ドアを開けずに様子を窺っていたが、僕の部屋の前に来た後も、レモーノがノックしてくる気配はなかった。

「レモーノ……？」

　そっとドアを開けて、顔だけ出すと、レモーノは階段を下りようとしているところだった。

「おかえり」
「……ただいま……」
「どうしたの？　どこか痛い？」

　ちらちらと僕の方を見たが、なぜだかレモーノは階段に腰掛けてしまった。僕も部屋の明かりを消して、彼の隣に座る。

「苦しい？」
「わからない」
「さわっても、大丈夫？」
「はい」

　厚い前髪の下に滑らせるように、手を額に当てると、自分の額と熱を比べる。レモーノの方が熱く感じられるのは、平熱でも同じのように思う。脈も速くはない。だが、顔まわりをさわられるのは気持ちよさそうだ。

「寝たい？」
「はい。でも……」

　夕食のことを気にしているのだろうか。ごはんの言葉は出てこないから、レモーノの気がかりの理由は違いそうだ。
　何か嫌なことがあったのだろうか。元々嫌なことを話題にすることは好きではなさそうだし、僕もレモーノにそのための語句を教えてはいない。
　少しでも楽にならないかと、レモーノの頭や肩を撫でる。

「ミエルは……忙しい……？」
「え？　いや、忙しくはないよ」
「ボクは、キミに、何を言うか、わからない。キミと、一緒に、休みたい？」
「いいよ。お茶を飲む？　それとも、ベッドに横になる？」

　レモーノの膝の上で、彼の指がせわしなく動いている。僕の推測は、どちらも核心を突かなかったようだ。

「お茶を飲む。夜のごはんを用意する。ボクが寝るまで、一緒にいてほしい。手を繋ぎたい」

　もしかして、甘えたいのか？

　僕は胸の奥から何かが噴き上がってきて、思わず口を押さえてしまった。それを見たレモーノは、少し悲しげな顔をする。誤解させてしまった。

「ごめん、嫌ではない。レモーノが可愛くて、叫びそうになった」
「どういうこと……」
「気にしないで。お茶を飲む前に、ハグもする？」
「する。ハグは立った方が楽と思う」

　ハグのために立つのは気恥ずかしいが、このあと階段を下りるのに立つ必要はあるので、躊躇うだけ無駄だ。僕は先に立つと、レモーノより一段上に足を置いた。

「僕の胸に、君の頭を近付けられる？」
「……ああ、わかった」

　レモーノの頭がぽすっと胸に預けられる。僕は軽く彼の肩を抱き寄せると、ふわふわの髪を撫でた。

「今日もよく頑張ったね、レモーノ。おつかれさま」
「うん……ミエルも……」

　ぎゅっと頭を抱き込むと、レモーノが離れようとするまで、僕は暫く黙っていた。

　　　終わり

🍋🍯昨日の日記絵

ただもやもやして
何がしたいかもわからなかった

🍋🍯作品紹介

『君の言葉がわかりたい』本編｜キロ｜note

使用する言語の異なる二人が出会い、共に暮らす物語です。
二人の努力と歩みを、一緒に見守っていただければ幸いです。

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