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🍋🍯短編 エイプリルフール2024

「レモーノ……どうしたの、その顔?」

 仕事を終えて、カフェに来たレモーノは、なんだか怒っているような顔をしていた。

「仕事の仲間に、嫌なことをされた」
「嫌なこと……ああ、今日はエイプリルフールだからね」

 エイプリルフールの音を聞いて、レモーノは更に眉間のシワを深くする。

「いきなり、質問していい?」
「いいよ」
「……ミエルは、ボクの仕事の仲間と……えっと、ボクの仕事の仲間を知っている? 先週、会った?」
「えっと、知らない。ジルバノとコスミしか知らない。他の人と会ってもいない」
「……本当に?」
「うん。君と一緒のとき以外に、僕はこの公園から西側に行かないからね。それとも、僕の大学に、レモーノの仕事の仲間も行く?」

 公園を境にして、西側は繁華街と移民街が広がっている。東の旧市街に比べると、賑やかな反面、治安も悪くて、昼でも近付きがたい。

「彼は、ボクに、先週、ミエルとデートをしたと言った。エイプリルフールの嘘だとも言った」
「ああ、そういうことか。レモーノは、僕のことで、彼にからかわれたんだ。僕は、誰ともデートしてないよ。人が怖いし、ごめん、レモーノの仕事の仲間は、もっと怖い」
「わかる。キミは大きな声の人が怖い。人を怖いにすることは、悪いことだ。だから、キミの話をされたことが、ボクは嫌だった。キミは嫌なことをされていない? 大丈夫? 会うまで本当に心配した」
「レモーノ……」

 手を繋いでいいかと言われたので、了承して手を差し出すと、レモーノは両手で僕の手をとった。彼の手は冷え切っていて、よく見れば肌も青褪めている。憔悴した表情を前に、僕は思わず口が綻んでしまった。

「ふふ、嬉しいな」
「嬉しい?」
「僕は、その、元々、からかわれやすいんだ。それで、泣いたり怖がったりする僕を見て、笑う人や面白いと思う人の方が多かった。レモーノが、人をからかうことは悪いことだと思って、ミエルが嫌なことをされていないか心配してくれて、僕は嬉しい」

 温もりが戻らないかと、空いていた手でレモーノの手をさする。僕の反応に、彼は少し困惑しているようだ。

「僕を心配してくれて、ありがとう。レモーノは? その人と喧嘩した?」
「今月は話さないことにした」
「そ、そんなに? 怒ってるの?」
「ボクの大切なミエルを悪いことに使うのは……何?」
「許さない? 許すは、その人の失敗や悪いことを怒るのをやめること。許さないは、その人の悪いことを怒り続ける感じ」
「許さない。ずっと話さなくてもいい」
「レモーノが話してくれないことが、僕のせいになるから、四月だけにしてあげてね」

 レモーノは口をへの字に曲げた後、深く息を吐いた。

「キミの言う通りだ。ミエルを理由に喧嘩をすることは、キミが危ない。ボクが怒ってることを、その人に話す。謝ったら、少し許す」
「それがいい。僕はこの通り、無事だから、レモーノも次から安心して働いてほしい」
「キミの心配は、いつもしている。ミエルを怖いや痛いにしない仕事に変えたい」

 レモーノは怒っていたが、僕は不謹慎にも、その同僚に感謝した。僕がからかいのネタにされたくらいのことで、レモーノはこんなにも怒ってくれるのかと、その人の愚行がなかったら、知らずに過ごしていただろう。

「ボクがミエルを大切に思っているのは、嘘ではないよ」
「わ、わかってるよ」
「本当に?」

 それは少し嘘でもいいくらいだ。


 否、それこそ嘘だ。血の繫がった家族以上に、レモーノが僕を心配してくれるから、僕は彼の傍にいることができるんだった。

   終わり


🍋🍯2024/04/01の日記絵

そんな顔するんだ

🍋🍯作品紹介

使用する言語の異なる二人が出会い、共に暮らす物語です。二人の努力と歩みを、一緒に見守っていただければ幸いです。

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