🍋🍯本編　第一部第八章　ありがとう、いつも（3）

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「ミエルさん！　こんにちは！」
「こ、コスミさん……こんにちは……」

　家を出て、レモーノの仕事が終わるのを待とうと、ジルバノのカフェに行く途中、コスミと出会った。

「お体は、もう大丈夫ですか？」
「はい！　ありがとうございます！　あの、でも、そのことでお話があって……」
「座れる場所に行きましょうか、とりあえず、カフェではない方がいいですよね？」
「ごめ、ごめんなさ……っ」

　コスミの顔が青ざめてしまったので、僕らは一番近いベンチに腰掛ける。
　レモーノは、既にコスミと会って、彼女の母親経由で、僕らの話をしたらしい。コスミは、暫くカフェの仕事も休んだそうだ。僕もレモーノに頼まれて、コスミが復帰するまでは、カフェに行かずにいた。

 「ほ、ほんとは、元気に、なりましたって、ご結婚、おめでとうございますって、言いたくて」
「ありがとう、でも、大丈夫。えっと、その、」
 

「僕は、君のレモーノに対する気持ちを、知ってるから……あのときも……」
「レモーノさんも、そう、言ってました。悪いのは、断らなかった、自分だって」
「だ、誰も、悪くないよ。レモーノは、とても、良い人だから、好きになる気持ちも、わかる」
 

「だから、僕らの結婚を、君は無理に喜ばなくて、大丈夫。でも、レモーノは誰にも譲れない。君と結ばれる方が、レモーノにとって幸せだと、思っていてもね」
「ミエルさん……」

　コスミの顔が、青から赤に変わる。ぶるぶると口元を震わせて、目の縁に涙を溜める。

「そんな、そんな、言い方！　やめてください！」
「えっ、えっと、」
「自信をもって、自分が世界一の相手だと言わない人が、レモーノさんと結婚するのは、私も認めたくありません！」

「は、ははっ、」
「冗談じゃないですよ！」
「いや、やっぱり、君は強いよ。敵う気がしない」
「なら、レモーノさんとの結婚を諦めてください」
「それはお断りだ」

「君のような素晴らしい女性を選ばずに、この僕を選ぶような男に、惑わされるのは勿体ないよ。君に夢中になるような男性を選ぶべきだ」
「はーあ、ご指導ありがとうございます！」

「でも、レモーノさんが選んだ人が、ミエルさんでよかったです。ミエルさんがレモーノさんのことを私に聞くまで、レモーノさん、荷物を運ぶ台車の一部みたいだったから」
「荷物を運ぶ台車の一部……」
「焦ってる姿とか、悩んでる姿とか、笑顔だって見たことなかった」

「優しくて、力持ちで、真面目だけど、なんか、言い方悪いけど、男っぽくないじゃないですか、レモーノさん。ふわふわの大きなテディベアみたいな！」
「ふわふわの大きなテディベア」

「ウチのお店、たくさんのカップルが来るんです。でも、結婚式の準備に、一緒に来る二人って、その、すごく、ギラギラしてるっていうか」
「ああ、言いたいことはわかる気がする。周りに自分たちの結婚を自慢するために開く人もいるだろうから」
「あと、私、姉がいるんですけど、父方の血を引いてて、背が高くて、美人なんです。成人してすぐ、お姉ちゃんも働くようになったけど、その、お客さんの目が……それで、お姉ちゃんは、お店の跡継ぎに、向いてないってなって……お母さんと、喧嘩して……」

「ごめんなさい、私の話なんて、」
「大丈夫。君は、レモーノの大切な仕事仲間だ。少し前は、恋敵だったから、君を知ろうとなんて、思いもしなかったけど……いや、何言ってるんだろう。僕でよければ、君の話を聞くよ」

　楽しい話ができないことを謝っていた頃の自分を思い出す。

「君は、怖くなってしまった？　結婚も、お姉さんを見る男性の目も、お店で起きたことも……」
「そう、なんです。それに、自分は、あの目で見られないんだなって、良くも、悪くも」
「そんな目で見られなくていいよ。結婚を控えているのに、他の女性に目移りするような人の視界には、誰も入りたくないよ」

　我ながら、レモーノの感性が移ってきたなと思う。

「僕がレモーノを好きになったのは、彼の目に、何の感情もなかったからだ」
「それ！　それです！」
「今はもう見られないけどね。でも、僕も人の目が怖かったから、君の気持ちもよくわかるよ。彼は、相手に勝つために、自分を表に出すことがない。だから、人の目や心を引き寄せる。感情表現が、胸の内に向かう人、僕は初めて見た」
「相手に勝つために……感情が胸の内に向かう……ミエルさんも、すごいですね。確かにそうだって思うけど、私、そんなの考えたことない。レモーノさんが、どうしてこんなに魅力的なんだろうなんて……どうしたら自分を見てくれるかばかり考えてました……」

「僕らは、男同士だからっていうのもあるだろうね。無意識に勝負してしまう。こう言ってはなんだけど、僕は、ずっと、心のどこかで、レモーノを遠ざけたかった。彼といても、嫌な自分が見えるだけだ」
「それなのに、結婚するんですか？」
「それだから、結婚するんだろうね。自分が愚かで、醜くて、負けず嫌いで、意地を張って、嫌いだって言って、無様な姿を見せても、傍にいる物好きな生き物だから」

「想像つきません……ミエルさん、優しいし、頭いいし、綺麗だし……貴族だし……でも、私と恋愛関係になることがないから……ミエルさんは、私の敵だから……綺麗なとこしか見えないのかも……」
「そうだね。僕も、君の長所しか見えないよ」

「でも、覚えておく。レモーノの世界一の相手は、僕だって。今のところは、だけど」
「ヒクツだなあ」

「あの……これ……」
「ん？」

「スミレの、砂糖漬けです。覚えてますか？　感謝祭のときにいた、私の友達」
「覚えてるよ。ミライさんだっけ？」
「はい。パティシエを目指していて、とてもお菓子作りが得意なんです。レモーノさんが、スミレが好きだと、お聞きして、その、二人で食べてほしいなって……」

「ありがとう、コスミ。そしたら、僕からも、貰ってほしいものがあるんだ」
「えっ、私が！？」

「綺麗な刺繍……こんな上質な布、初めてさわります……それも、こんなにたくさん……」
「僕の母が、僕の婚約者のために、縫っていたものだ。縫いかけ、だけど……コスミのお店の方が、きっと役立ててくれるかなと思って、ちょうど向かっていたところでさ。店長に聞いて、要らなかったら、寄付に回そうと思ってたら、君に会った」

「もともと、父が裁縫師だったんです。母や姉は、接客やお金の計算が得意で……でも、父は亡くなって……」
「それで、お店の衣装は、貸すだけにしてるんだ」
「はい」
「でも、君は器用だよね。お父さんに似たのかな。カフェの、コースターとか、メニュー表とか、君が作ったものでしょ？」
「わかりましたか！？　初めて気付いてもらえました！」

 

「こんな体だから、自分で縫わないと、服がないんです……着たいなって思う服、みんな小さくて……」
「え、そしたら、今着てるのも、君が？」
「はい」
「すごいな……僕なんてまだシャツのボタンをかけ違えるくらいなのに……」
「不器用すぎます……でも、貴族の人は、自分でお着換えしないって言いますもんね。服も豪華だし……」
「そうだね。我が家はみんな変だから、あまり使用人の人に手伝ってもらえなかったよ。父が軍官だったから、自分の世話は自分でするのが基本でもあったかな」

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