人が住めるレコード
葉子が針を落とすとその円盤は静かに鳴った。
初めて聞く言語だったのに、美緒にはその詩が美しいことが分かった。
「なんだかすごく落ち着く」
美緒の言葉に葉子が深く頷き、
「特別なの、これ」
と答える。
「このレコードには人が住んでいてね。1人が一曲、一生をかけて歌うの」
ワインを2人分注ぎ片方を美桜に渡すと、美緒は手渡されたグラスを流れるように口元に運んだ。
「そんなの寂しいわ。きっと他の歌も上手よ。毎日違う歌を聞かせて欲しいくらいに」
「欲張りね」
口を尖らせる美緒を見て、葉子はにやりと笑った。
1つ目の歌を聞くと、美緒はいつの間にか眠っていた。
目を覚ますと葉子はソファの端で本を開いているようだった。
「もう少し眠ったら」
と言って、葉子はブランケットからはみ出した美緒の腕を再びその中に戻す。
「歌は終わり?」
美緒は抵抗することなく腕を収めたが、目を閉じたまま、密かにまどろみに抵抗した。
「曲の終わりを、円盤の住人は夜って呼ぶのよ」
と葉子が美緒の髪を撫でて言う。
「はいはい。読書の邪魔をするなっていうのね」
髪に指が触れると気持ちがいいのは何故だろう、と美緒は思った。でも、それは、誰の指であっても?
「あなたがこの円盤に住んでいるなら」
美緒は再び眠りに落ちる寸前、まぶたを持ち上げて葉子を見る。
「一曲目の歌を歌うと思うわ」
葉子は2人分のグラスをシンクに運ぶ。
微かに開いた口元からは、あの歌がこぼれていた。
その歌は、目の前にある月がいかに大きく、自分勝手で、まぶしく、綺麗なのかを歌った。
これまでもこのさきも、葉子はその歌しか歌うことができない。