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星降る森に住む或る鳥の話

その梟は爪弾き者であつた。空を飛べぬから。翼に問題が有る訳では無い。只、高いところが一等苦手であるが故に、うまく飛ぶことが出来ないのだ。この森に於いて空を飛べぬということは大きな欠点である。この森……星降る森は、その名の通り星が空から降り注ぐ場所であり、ここに住む梟たちの仕事はその降り注ぐ星の欠片をかき集めて月の女神・ルーナの元へと運ぶこと。女神ルーナは空の上に住んで居るからして、空を飛べねば仕事を果たすことはままならぬのだ。飛べぬ梟は、彼女は、ナナシと呼ばれていた。星降る森の梟は生まれてから一番最初の仕事で女神ルーナに星の欠片を届ける際に名を貰う。ナナシはまだいっぺんも星を届けていないので名を貰えていなかつた。生まれたばかりの頃はおい、とかお前、とか呼ばれていたが、呼び名がないのは矢張り不便だ。そのうち一羽の梟が名を貰えぬ名無しなのだから、ナナシと呼べば良かろうと言い始めてから、彼女はナナシとなつたのだ。

はてさて、今日も今日とてナナシは空を飛ぶことが出来ず、他の梟たちが空中で集め損ね、地に落ちてきた星の欠片を籠いつぱいにかき集めて、女神ルーナの元まで代理で運んでくれる優しい梟マリヤの元へと向かつて居た。いつもは賑やかな森が、今日はシーンと静かに凪いでいた。どうしたことだろう、とナナシは不審がつた。だが爪弾き者のナナシには情報が余り入らぬ。只々不思議そうな顔をして籠を咥えてとてとてと歩きつづけた。ようやつとマリヤの住むうろがある木の下まで着いた時、それはナナシの目に入つた。目が焼ききれるかと思うまでの眩い光。その光の塊がしくしくと泣いていた。目を細めてみると、眩い光の中には見たことの無い生き物がいた。語彙の限りを尽くしても語りきれぬ美しいかんばせ。稲穂のやうに綺麗な黄金の髪の毛。そして翼の無い、白い布切れだけをまとった体。陶器のようにすべすべとした長い二本の脚。ナナシはその日はじめて女神ルーナの姿を見た。


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