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春を待つ心

🛀🚿🧴

「約束する、一生君を受け止めるから」
湯船に浸かって彼の言葉を噛みしめる。

分かりたい、分かり合いたい…
それなのにすれ違って、想いが噛み合わない事が不安で悲しくて…

不安で揺れる美々には、富近の「分かり合えなくても良いじゃない。分かりたいと思った事が大事なんだから…」この言葉が心に沁みた。

「そうだよね、自分の気持ちだってよく分からなくなるのに、人の気持ちなんてそんなに簡単に分かるもんじゃないよね」
自分に言い聞かせ、前に進む勇気をもらったあの日。

そして、草モチと檸檬としてやり取りしながら、やっぱり好きだ、大好きだと込み上げてくる想い。

分かりたいのに分かり合えず、気持ちだけが空回りして自信を無くしていた青林に、草モチとして美々が語った富近の言葉は温かく響いた。

「一生受け止めるから」
青林の真剣な表情と優しい声が美々の心に蘇る。

あぁ…分かりたい、分かり合いたいと思える人がいるって幸せだなぁ。
何があっても受け止めてくれる人がいる安心感。

湯船の中でここ最近のアレコレを振り返りながら、美々は身も心も温かく満たされていくのをシミジミと感じていた。


ふと浮かぶ青林の表情。
キャンプから帰ってきて、五文字とSNSでやり取りしている事に嫉妬していると言った時の青林の顔を思い出す。

初めて見る青林の顔。
少し弱気で、でも優しく微笑む顔しか見た事無かった…
そんな青林の苦しそうで切ない表情。

あの時は流星群を見ながらのプロポーズに期待していた気持ちと、その夜感じた青林との心の距離が悲しくて、青林の気持ちを受け止める事が出来なかったけど…

今、振り返ると、いや今だからこそこんな風に思えるのかもしれないけど、「嫉妬している」その言葉がちょっとだけ嬉しい自分がいる。

「好きに決まってるじゃないですか…」
美々の心からの告白への青林の答え。

青林が美々の事を大切に思ってくれている事、結婚を真剣に考えてくれている事は今までにも十分伝わってはいたけれど、「嫉妬」という言葉に美々への激しい想いを感じ、それが嬉しかった。


チャポン…
天井から落ちてくる水滴の音。
その音で美々は我に返った。
どれくらい物思いに耽っていたのだろう?
指先を見るとシワシワにふやけている。

しまった!
すっかり長風呂になってしまった。
慌てて風呂から上がり洗面所の時計を見ると1時間以上湯船に浸かっていた。

バタバタとパジャマに着替え、濡れた髪をタオルで拭きながら洗面所のドアを開ける。

「ごめんね、あおちゃん!
すっかり長風呂になっちゃった。あおちゃん?」

洗面所のドアを開けて青林に声をかけても返事はない。

「あおちゃん!えっ、あおちゃん!いない?帰っちゃった?」

今夜泊まってもいい?って言ってたのに…
待たせ過ぎて帰っちゃった?
半分泣きそうな気持ちになりながら部屋をグルグル歩き回っていると…
ガチャっと玄関のドアが開く音。
美々が振り返るとそこには手に袋を下げた青林がいた。

「あおちゃん!」
「どこ行ってたの⁉️」

ホッとしたのも束の間、帰ってしまったんじゃないかと心配した反動で青林を責めそうになってしまう。

「美々ちゃんゴメンね。
泊まる事になって、突然だったから僕何も持ってきてなくて…
近くのお店で必要なもの買ってきたんだ。
心配するかな?と思ってテーブルに手紙置いてたけど…
あっ、読む前に僕帰ってきたんだね」

コートを脱ぎ、紙袋から下着やパジャマ、その他の細々した物を取り出しながら青林は言った。

「そうだったの⁉️良かったー。
お風呂で色々考えてたら長風呂になっちゃって…
待たせ過ぎて帰っちゃったかと思った。」

青林の顔を見て、さっきまで泣きそうだった気持ちがスーッと溶けていく。

「美々ちゃん…ごめんね。
でも僕は黙っていなくなったりしないよ。
それじゃ…ドライヤーで髪を乾かそう?
早く乾かさないと風邪ひいちゃう」

ブォーッ…ドライヤーの音が頭上で響く。
青林の長い指が美々の髪をそっと優しく撫でていく。
温かい風と青林の指の動きが心地良くて…
ポーっとしながら、美々は誰かに髪を乾かして貰ったのは子供の頃以来だなぁ…そんな事を考えていた。


よしっ、出来た!
美々ちゃん終わったよ。
ちゃんと乾いてる?

ポーっとしている頭に青林の声が優しく降ってきて我に返った。
その声に鏡を見ながらそっと髪の毛を触ってみると…
ツヤツヤでサラサラだった。

「あおちゃん、ありがとう♪
ツヤツヤでサラサラだね」

「美々ちゃん、僕の方こそありがとう。ずっと好きな人にやってあげたかった事が実現できた」
優しく微笑みながら、そっと美々の髪に触れ顔を近づけると…
「美々ちゃん良い匂いがする…」

そんな青林にドキドキして「大丈夫です!おっけーです!」
美々は慌てて洗面所から飛び出して、冷蔵庫から炭酸水を取り出しグラスに注ぎソファに座った。

青林はふふふと笑って美々の隣に座り

「美々ちゃんありがとう。濡れた髪をドライヤーで乾かしてあげるって、大学生の頃ドラマで見てからずっとやってみたかったんだ」と嬉しそうに微笑む。

大学生のあおちゃん…
学生の頃のあおちゃんってどんな感じだったんだろう?
岩手から上京してきたばかりの頃、きっと東京にびっくりしただろうなぁ…
そんな事を思っていると青林が何か言いたそうに美々をじっと見ている。

こ、これは…
もしかして2度目の…濃厚接触⁉️
美々の心臓の鼓動が高鳴る。

「美々ちゃん…」
「は、はいっ?」

「美々ちゃんは好きな人が出来たら…好きな人と一緒にやってみたい事って無いの?」

思いがけない青林の言葉に、心の中で「ズコーッ」と拍子抜けしながら、「好きな人とやってみたい事…」呟く。

「そう、何かない?」
優しく微笑む青林。

「えーっ、何だろう?あまり考えた事無かったなぁ」

今年の春、青林、いや檸檬さんと出会うまでは「恋愛なんて面倒臭い、私は1人で大丈夫!」と思っていたから、忙しい日々の中でそんな事考えた事無かった。

「そうなの?」
ちょっと残念そうに俯く青林を見て、ふと蘇る光景…

「あ…」
それは今年の春、通勤途中に見た満開の桜の花だった。
美々の通勤途中の公園にある桜の木。
毎年その公園の側を通って通勤してるのに、何故か今年初めて満開の桜の木が美々の目に留まった。

「綺麗だなぁ…。」

満開の桜の花とその隙間から見える青空。
こんな所に桜の木があったなんて今まで全然気付かなかった。でも今年は桜を見る人もあまりいないまま散っていくんだろうな…

外出自粛、テレワークで外に出る人が減ってしまった今、誰にも見られず散っていく桜の花が寂しかった。

何かを思い出しているような表情の美々を優しく見つめ言葉を待つ青林。

「あおちゃん、あった。
私にも好きな人とやりたい事。
あのね…一緒に桜の花を見たい。桜の花を見ながらお散歩したい。」
美々は今年の春通勤途中に見た桜の花、そしてその時感じた気持ちを青林に説明した。

「いいね、桜の花。
美々ちゃん、来年の春は桜の花を見ながらお散歩しよう。桜の花の蕾が膨らんで、咲き始めて、満開になって、そして桜吹雪になって散っていくところ…全部一緒に見よう」

青林はそっと美々を抱きしめた。
いつか僕のふるさとの桜の花も、美々ちゃんのふるさとの桜の花も一緒に見ようね。
耳元で青林の言葉が優しく響く。

さっ、それじゃそろそろ僕もお風呂に入ってこようかな?
美々ちゃん…お風呂使わせてもらうよ?

青林は買ってきたパジャマや下着を手に洗面所のドアを優しく閉めた。


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