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相手の感情は私の感情ではない

感情を読み解く。大前提であり難所。
それがわかったからと言ってそれで終わりではありません。ただ、その癖付けはとても大きな変化になります。なぜなら相手のみでなく自分自身の感情を読み解くこともできるからです。

まだ長男が通常級に在籍していた頃。長男はお勉強についていけず限界を迎えようとしていました。読み書きは1年の遅れがあり、気持ちの切り替えが困難なため感情失禁が多く、時には自分の頭を叩いたり壁にぶつけたりすることも。
それまでの私は「そんなことしたって変わらないでしょ!」とショックと悲しさから燃え上がった怒りを苦しんでいる長男にぶつけていました。もちろん長男もわざと怒っているわけでもなく相手を困らせようなんて思っていません。でも、私の感情はそんなところは完全無視。行動のみを正そう(直そう、矯正しよう)と冷静な判断ができていませんでした。

放課後等デイサービスで少しずつ見方が変わってきた私。長男への接し方、理解が変わります。
算数で九九がどうしても暗記できなくて(小3時点、今でも怪しいです)悔し泣きをしそうな時、以前なら
「泣いて覚えられるの?!何度も繰り返して覚えればいいじゃない!」
と怒り感情大爆発でしたが
「間違えたり分からないと悔しいし悲しくなるよね」
と、まずは長男が感じているであろう気持ちを代弁します。
「九九、ママも苦手だよ~覚えらんないよね、ママは七の段が今も苦手。でも生きてるから大丈夫!だって大人になったら電卓があるもの!」
それで長男が泣き止むわけではありません。ただ、怒るのと本人の気持の代弁では長男の心の負担は確実に差が出ます。

長男の怒りを私はいままで自分のものとして捉えていました。怒りは移ります。九九が分からなくて悔しい。それは私の感情ではありません。
切り分けて捉える事。そして長男はなぜ泣いているのか。中身の分析をすると対応が変わっていきます。

今でも上手くいかないときは体に力が入り消しゴムで消す時に紙自体を破ってしまうことがあります。でも、それで私は長男に怒ることはありません。むしろ「やべ」とそこで冷静になれる長男に成長を感じます。
なぜならそれは長男の課題であり長男の感情だから。

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