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深夜の格闘

 世の中、明らかに自分の好きなことでもないし得意なことでもない、はっきり言って全く領分ではないが生活のためにはやらなければならないことがある。子どもの頃は親がときどき行う厄介な家事を他人事のように見ていても、大人になるとあらゆることに直面する。特に一人暮らしをしていると頼れる人はなくて、全て自分でやらなければならない。
 私にとってそのうちの一つであるのが、家具の組み立てである。
 これまでに二度ほど家具の組み立てを行ったことがある。一度目はまだ実家にいた頃で、私は新しい本棚を自力で組み立てようとした。あのときは天板と底板を逆に取り付けるなどという致命的なミスを犯したため途中から作業が不可能になり、結局父にやってもらった。できもしないのに余計なことをした、むしろ何もしない方がよかったのにと嫌な顔をされた。二度目は引っ越しの際だ。母と三段ボックスを組み立てなければならなかったが、母も私もそういう作業は慣れないので、かなり時間が掛かった。しばらくしてから、その三段ボックスの裏側に大きな亀裂が入っているのを発見した。
 このような経験によって、私に家具組み立ては向いていないのだと知った。だがそう度々あることではないし、しばらく引っ越す機会もないから、当分やることはないだろうと高を括っていた。
 
 しかし先日、私は突如その苦手な家具組み立てをする羽目になった。
 
 実は今のアパートに引っ越してきたときからずっとある問題を感じていた。大概のアパートはお風呂とトイレが一体になった造りをしているが、幸運なことに私の部屋は独立した、湯船の外に洗い場のあるお風呂がついている。そこを出ると、トイレと洗面台がついた脱衣所があるという造りである。私は入浴の際はそこで着替えをするが、一つ問題があった。着替えを置く場所がないのである。仕方がないのでこれまでトイレの蓋の上に着替えとバスタオルを置いていたが、当然不衛生だし、置き場としては不安定だった。着替えを置くための椅子があればよいとずっと考えていた。
 そのようなことを母に話すと、話の早い母はさっそく通販番組で収納機能がある椅子兼荷物置きといった感じの家具を買ってくれたのである。
 すぐにその家具は私の自宅へ届けられた。大きめの箱に入っていたので、てっきり完成品が入れられているものだと思っていた。
 私は入浴直前にうきうきしながら段ボールを開封した。すると中には一回り小さく、椅子にしては薄めの箱が入っていた。一転、嫌な予感がした。それを開けると、中々の数の細かい部品と工具、折りたたまれた本体並びに板が出てきた。ああ組み立て式か、とかなり落胆した。もう風呂の湯は入っているしすぐ入浴する気でいた。後にしようかと考えた。しかしこれを後回しにしたら、この細かい部品を一つ一つどこかへ片付けなければならない。余計に面倒くさい気がした。
 仕方がない、今組み立てようと私は決意した。
 まず本体を広げて底板を取り付けた。それからスパナを使って扇形のプレートとワッシャーを間に挟みながらキャスターを取りつけなければならない。四つあるうちの一つのキャスターを手にして頑張ってスパナを回したが一向に固定される気配がない。あまりの手応えのなさに泣きそうにすらなった。よく見ると、今嵌っている板には底板にあるはずの穴が開いていなかった。先ほど取り付けたのは底板ではなかったのだ。また同じことをしてしまったと反省しながら今度こそ底板を取り付けて再びキャスター取り付けを試みると、その底板の方から手応えが感じられた。感覚は間違っていなかった。
 スパナが動かなくなるまで回してキャスターが一つついた。ようやく軌道に乗ってきた。四つ全てを取り付けた後、一緒に取り付けたはずのワッシャーが一つ余っているのを発見し、慌てて付け直した。今度こそと思ったら、下に扇形のプレートが落ちている。またやってしまったと再び取り付け直した。思えば部品をきちんと取り付けられていなかった箇所には確かに感触に違和感があった。部品一つ一つが必要不可欠であることを実感した。きっと何事もそうであろうなどと雑に考えた。
 これでキャスターは全てつけ終わった。次に折りたたまれた二つの引き出しを広げ、それぞれに底板を取り付けた。それから六角レンチを使って引き出しに取手を取り付ける作業に移った。
 キャスターを無事取りつけてから作業は順調に進んでいたので、これくらい余裕余裕、中学生のとき技術の成績は5だったんだぞと誇らしげに思い出した。しかしすぐ思い出し直したが、技術の成績が5だったのはパソコンの授業のときである。大方の生徒がキーボードのアルファベットを探しながら人差し指で文字を打っている中、ブラインドタッチをやってみせてクラスで一番早く課題の文章を打ち込み、オタクなめんなよムーブをかましていたときは確かに評定5をもらった。だが今のこの作業に近い木工加工では、全く良いところがなかった。一枚の板から棚を作ってみようという授業だったが、製図の段階でどうやったら良いのか皆目見当もつかず、友だちの図を丸写しさせてもらった。ちなみにその友だちは当時の好きな人だったので、あの棚には少し思い入れがあった。板の切断の際は、私が先端恐怖症のため諸刃であるノコギリを使えず、成績が悪くなることを示唆されながらも先生に頼んでしまった。唯一自力でやったと言える釘打ちでは、まっすぐ釘を打ち込むなどとは程遠く、何度も指を打ってしまい痛かった。出来上がった棚は見るからに下手な仕上がりだった。当然成績は悪く、3だった。
 ここまで思い出して、すっかり自信を無くした私は、六角レンチを回しながらまともに仕上がるのか不安になった。そもそも最後までできるだろうかとも考えた。一応つけられた取手も心許なく感じられた。
 だが幸いにも以後それほど難しい作業はなかった。本体に補強板を入れ、中板を取り付け、フタと引き出しを取りつけ、全体を確認したらもう完成であった。写真は完成品を写したものである。

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 気づけば大汗をかいていた。時計を見ると三十分ほどこの家具との格闘に費やしたこととなる。失敗したり自信を無くしたりしながらも自力で完成させられた。達成感を覚えた。苦手な家具組み立ても、やってみればできないことはないのだと思えるようになったのは大きい。
 かくして家具組み立ては無事完了した。めでたく出来立てほやほやの椅子兼荷物置きに着替えを置いて、よくやく入浴できた。風呂の湯は少し冷めていた。ぬるめのお湯に浸かると、なんだかとても脱力した。
 

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