見出し画像

デジタルバンクの勃興を支える Banking as a Service スタートアップの潮流

本記事について

本記事では、主に日本とシンガポールのデジタルバンクの動向およびビジネスを支える新しい技術の潮流としての Banking as a Service (BaaS) をエンジニア目線で紹介します。

本記事執筆のきっかけ

昨年、コロナ不況でレイオフされ、InsureTech (保険テック)スタートアップに転職した旨を以前記事として公開しました。

自社では、貯蓄・保険・投資といった金融商品を消費者に提供していますが、銀行に似た機能のある貯蓄口座の仕組み(決済含む)は自前で構築されておらず、Banking as a Service (BaaS) と言う形態の Railsbank (イギリス企業)のサービスを利用していることを知りました。(具体的な仕組みは後述)

また、日本では初のデジタルバンク「みんなの銀行」が2021年5月に開業しました。シンガポールではSeaやGrabといった複数の企業がシンガポール政府からデジタルバンクのライセンスを取得し、来年からの営業開始に向けて準備に勤しんでいることが報道されています。

このデジタルバンクおよび BaaS は金融業界でも重要なトレンドになると思い、直近の動向を調べて記事にしようと考えました。

https://www.minna-no-ginko.com/

デジタルバンクとは

先に記事で登場する重要な用語を説明します。

まず、デジタルバンクとは営業店舗を持たず、インターネットを通じてWebやスマホアプリで利用できる銀行サービス、あるいはそのサービスを提供する企業のことです。

個人的な見解として以前からのネット銀行との違いは、モバイルファーストであり、モダンなUI・UXを重視していること、API (Application Program Interface - Webの標準技術を使ったシステム連携技術仕様) を通じて、より柔軟なシステム間・企業間連携をサポートしていることなどが挙げられると思います。

具体的なデジタルバンクのイメージは「みんなの銀行」のWebサイトを見ていただくとわかりやすいと思います。

https://www.minna-no-ginko.com/

現時点で提供する機能として以下が挙げられています。カードがなくなっており、全てスマホだけでサービスが完結できる点は素晴らしいと思います。アナログなイメージのある日本の金融業界が1歩前に進んだことを感じます。

Wallet・・・スマホだけで普通預金から振込・ATM現金引き落とし・デビットカード支払いなどのサービスが利用できる。

Record・・・日々のお金の取引を整理し、家計簿として情報を整理してくれる。

Cover・・・最大5万円まで立替

Banking as a Service (BaaS) とは

次に 2 つ目のトピックである BaaS とはデジタルバンクの機能を Software as a Service としてAPI(Application Program Interface - Web 標準技術を使ったシステム連携)で提供するサービスやビジネスモデルです。

BaaS を提供している企業は API を通じて銀行機能(預金、決済、ローンなど)をパートナー企業に提供します。パートナー企業はその API を利用しながら自社サービスを構築することで、あたかも自社で銀行機能を構築し、自社サービスの一部に組み込んでいるようなユーザ体験を提供できます。

BaaS の内部的な仕組みについては以下のブログで分かりやすく解説されています。

(以下の画像はブログ記事からの引用です)

画像2

日本初デジタルバンク「みんなの銀行」が想定するユースケース

2021年5月に営業開始した福岡フィナンシャルグループの「みんなの銀行」がデジタルバンクが想定するユースケースを非常にわかりやすく説明しています。

(以下の画像は全て「みんなの銀行」Webサイトより引用しています)https://baas.minna-no-ginko.com/

画像1

小売業(家電・中古品買取業)であれば、自社サービス内に口座を即日・オンラインに開設でき、お金のやり取りをその講座を通じて行うことができます。また、やや高額の商品を購入する場合は少額のローンも迅速に提供できます。

注目するべき点は、金融機関ではない小売企業の自社サービスの中に、金融機能(口座開設、決済、小口ローン)が埋め込まれており、この小売業の顧客としては非常にスムーズかつ自然なUXで金融取引を行えるような仕組みになっています。

従来のアナログな企業のサービスの場合は、第3者として金融機関が介在する場合がほとんどです。おまけに手続きが紙ベースであり、金融機関とのやりとりで時間がかかるものが多いと思います。

小売企業のサービスの中で、スムーズかつ自然に金融取引が行えているのは、小売企業のシステムの中でデジタルバンクのAPIを利用して、デジタルバンクの金融サービスを利用しているためです。

シンガポール保険企業のBaaS 利用事例

シンガポールの保険企業 Singlife は消費者向けに貯蓄・保険・投資のサービスを提供しており、内部の決済はサービス内の貯蓄口座を通じて行います。貯蓄口座はスマホアプリでサインアップすれば、数分で開設でき、デビットカードも発行されます。

なお、この貯蓄口座や決済の仕組みは自前で構築されておらず、Railsbank (イギリス企業)の BaaS サービスを利用して構築されています。

話を聞いたところ、貯蓄口座やデビットカードは DBS の仮想口座に紐づけられており、銀行機能は実際の銀行のものを使っているようです。であれば、銀行の機能をそのまま使えばいいんではと思うかもしれませんが、ここでのBaaS の役割はサービスを実現する上で多様な API を統合して、単一のサービスとして銀行の機能より付加価値を提供している点にあります。

Banking is necessary; banks are not

これまでは銀行は銀行として存在してきましたが、これからは銀行の機能がAPI 連携を通じて様々な業態のビジネスに溶け込んでいき、消費者としては非常にスムーズなユーザ体験を享受できるという時代が訪れると思います。

1994年に最初の FinTech の潮流が始まった時に Microsoft 創業者の Bill Gates 氏が「Banking is necessary; banks are not(銀行の機能が必要だが、銀行は必要ない)」と発言したとされていますが、その本質的な意味を実感できる時代が来たと言えます。

"Banking is necessary; banks are not" - this frequently quoted statement made by Microsoft founder Bill Gates in 1994 became a mantra for the first wave of fintech.

BaaS が登場したビジネス的な背景

BaaS はイギリスやアメリカでは 3-4 年近く前にはすでに登場しているビジネスモデルです。その登場の背景についてはみんなの銀行のブログにわかりやすい解説があります。

この記事によるとデジタルバンクを構築する上でのハードルとして以下が挙げられています。

1. 多大なコスト
銀行は皆さんの大事な大事なお金を預かる預金機能を持っています。預かったお金を正確に、また厳密に管理するため、銀行には非常に堅牢なシステムが必要となります。このシステムを構築するには膨大なコストと人的なリソースが必要となります。年末ジャンボ宝くじの1等に何回当選してもお金が足りないかもしれません。
2. 専門的なノウハウ
銀行では皆さんから預かった預金を他の人、もしくは企業に貸し出したり、有価証券への投資をしたりといった資金運用益が主な収益源となっています。借りたい人に貸せばいいという単純なものではなく、貸したお金が返ってこないということにならないように、貸付先の信用力を判断したり、貸し倒れのリスクを想定して自己資金を厚くしたりと、非常に専門的なノウハウが必要となります。
3. 法的規制
銀行としてサービスを提供するためには銀行業の営業免許が必要となります。各国で基準は異なりますが銀行業の営業免許を取得するには関係当局が定める厳格な審査基準をクリアしなければなりません。近年では金融関連の規制緩和が進んでおり、とくにキャッシュレス決済などは銀行ではない事業者でも様々提供することが可能になっていますが、預金を代表例として、銀行にしか認められていないサービスも依然としてあります。

つまりはデジタルバンクを実現する上では、資本力・システム開発力・業務知識・法知識などなどをすべて兼ね備えたようなテクノロジー企業にのみ可能となり、非常にハードルが高いと言えます。

みんなの銀行の場合は、母体となる福岡フィナンシャルグループが資本力・金融サービスや法規制のノウハウを持っており、金融業界の基幹システムで実績のあるアクセンチュアのパッケージを利用する形で開発を実現したようです。

シンガポールのケースでは Grab/SingTel 連合や Sea Group などのテクノロジー企業がデジタルバンクのライセンスを許可されていますが、これらの企業は大規模な資金調達をし、人材を獲得することで自社でデジタルバンクの開発に取り組んでいます。

(おまけ)BaaS が登場した技術的な背景

BaaS を始めとする多種多様な SaaS (Software as a Service) が登場している背景としてはパブリッククラウドサービス(AWS/Azure/GCPなど)の普及があります。オンプレミス(データセンターを契約する)に比べると、クラウドサービスを利用することで、初期投資を限りなく小さく保ちながら、スタートアップがスケールするビジネスを短期間で構築できるようになりました。

一方で、ソフトウェア開発手法の観点で見れば、以下のような手法・技術の成熟が見て取れます。

・Webサービスの標準仕様でシステム連携する REST API

・一枚岩(Monothilic)な単一システムを多様かつ小さなサービスに分解し、API で連携する Microservices 

Microservices は、当初、開発生産性の向上といった開発者内部の事情で語られることが多くありました。一方で、BaaS は銀行システムをビジネスの観点で Microservices の観点で捉え直したものと理解することができます。

つまりは伝統的な企業は、預金口座・決済・ローンといった多種多様なサービスをシステム上で実現していますが、非常に一枚岩(Monothilic)な作りになっており、相互に依存しあっており、一部の機能更新を困難にしています。

一方で、新興企業の BaaS は銀行の持つ機能をサービスとして細かく分解することでサービス単位での開発・更新を相対的に容易にし、サービス同士を業界標準な API でつなぐことで、他社との連携も容易にしています。 

デジタルバンクの機能をどう実現しているか(各国比較)

話をビジネスに戻して、では、資金・ノウハウ・規制などの問題でデジタルバンクの機能を自前で開発できない一般的な企業はどうしたら良いのでしょうか?そういう企業のために、デジタルバンクの機能をAPIを通じて SaaS 形式で提供する業態が BaaS です。

・日本・・・みんなの銀行の場合は、みんなの銀行とアクセンチュアの協業によってアクセンチュアのパッケージ製品を使い、 BaaS が実現されています。その上のアプリの 1 つとしてみんなの銀行が構築・提供されています。また、BaaS を他社に販売することが発表されています。これは自前でデジタルバンクを構築するのは困難な金融機関とパッケージ製品を横展開したい SIer の思惑がうまく一致したため、実現したビジネスモデルだと思います。みんなの銀行としてはデジタルバンク開発の資金を単独で賄う必要がなく、外販を含めて投資資金を回収できます。アクセンチュアとしては最初から横展開できるパッケージ製品としてBaaSを構築できます。

欧州・・・(デジタルバンクの動向は調査できていません)BaaSとしては私の勤務先も利用している Railsbank (英企業)とSoralisbamk (独企業)といった BaaS 企業が登場しています。日本はデジタルバンクとBaaSが合体した形で登場したのに対し、欧州では BaaS だけの業態のスタートアップが登場しています。これは日本企業が日本市場のみ対応しており、市場規模として小さいため、BaaS 単独では初期の資金調達が困難なためだと推測しています。一方、欧州企業の場合、欧米だけでなくアフリカ・中東・南アジア・東南アジア・南米など世界展開が可能なため、将来的に対象にする市場が大きく資金調達がしやすいことから来ているのではと予想しています。

今後デジタルバンクとBaaSはどうなるのか?

日本では一足先にみんなの銀行が営業を開始し、シンガポールでは Grab や Sea が来年営業を開始する予定です。

・おそらくデジタルバンクはその高い利便性やUXの良さを活かし、デジタルに親和性のある若い世代のシェアを獲得することになると予想できます。日本では金融資産を持つのは老人世代のため、当面は、銀行としてのビジネス規模で従来銀行を上回ることはないでしょう。しかし、将来的には徐々にデジタルバンクが銀行業界の主体に置き換わっていくと思います。

・一方で、BaaS の分野は非常に有力だと思います。様々な業態の企業とパートナーシップを組み、BaaS を通じてパートナーのサービス(おそらくスマホ上で展開)の中に金融機能(決済、小口ローンなど)を組み込み、より自然な形で金融機能を提供することで、よりビジネスの効率を向上し、ユーザ体験をより良いものにし、BaaS ベンダーとしては銀行業務以外の有益な収益源を得ることになります(おそらく Subscription や従量課金のような形で)。

・なお、Railsbank は資金調達を行い、日本を含むアジア全域への進出を発表しています。国内企業であるみんなの銀行は、事業規模だと欧米企業に太刀打ちはできませんが、国内企業の細かなニーズを汲み取って日本国内の局地戦だけでは地の利を生かして勝負に勝つ必要があります。

おわりに

本記事では、デジタルバンクや BaaS の動向だけでなく、登場の背景や今後の予想などを筆者なりに説明させていただきました。時代はまさに DX 真っ盛りですが、銀行業界はデジタルバンクと BaaS を中心に大きく変わっていくと思います。この大きな時代の流れに周辺業界の人間として間接的に関わることができ、非常に面白い経験をさせてもらっていると感じています。今後も Fin Tech 業界のイノベーションに注目していきたいと思います。

以上、簡単ではありますが、本記事のまとめとさせていただきます。本記事が皆様の参考になれば幸いです。

Photo by Aviv Rachmadian on Unsplash


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?