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#177 「国・陸上自衛隊(和歌山駐屯地)事件」和歌山地裁

2007年3月14日に配信した「会社にケンカを売った社員たち」第177号で取り上げた労働判例を紹介します。

■ 【国・陸上自衛隊(和歌山駐屯地)事件・和歌山地裁判決】(2006年7月18日)

▽ <主な争点>
異例の異動内示と上司殺害/損害賠償(国の使用者責任)

1.事件の概要は?

本件は、陸上自衛隊自衛官であったXが、残業中に隊員Oによって金づちで殴打され、殺害された。Oはこれより前、隊長から他部署への異動の内示を受けており、これに関連してXに不満を抱き、計画的に犯行に及んだと見られている。Oは殺人および死体遺棄罪で起訴され、懲役16年の有罪判決を受け、控訴審でも維持された。

Xの遺族であるYらは、Oを相手に損害賠償を求めるとともに、Oの使用者である国に対し、不法行為(民法715条1項* )に基づく約1億円の損害賠償請求の本訴を提起した。前者は本件と分離して行われ、別件判決において、Oに約7000万円の損害賠償が命じられた。

* 民法 第715条(使用者等の責任)
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」

2.前提事実および事件の経過は?

<X、YおよびZ、Oなどについて>

★ X(昭和42年生の男性)は61年1月に陸上自衛隊に入隊し、平成14年3月には和歌山駐屯地会計隊(以下「会計隊」という)に配属され、同年7月頃から一等陸曹の地位にあった。

★ YはXの妻、ZはXの長男であり、各2分の1の割合でXの権利を相続により承継した。

★ Oは平成4年2月に陸上自衛隊に入隊し、15年8月からはXと同じ会計隊に配属され、16年7月当時は三等陸曹の地位にあった。

★ 同月当時、会計隊は隊長であるA一等陸尉(以下「A隊長」という)を筆頭に、会計契約班長・給与係・庶務係を兼務するX、契約係を担当するB二等陸尉(以下「B二曹」という)、会計係を担当するOの4名により構成されていた。

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<本件異動の内示およびOの様子等について>

★ A隊長はOについて、「能力があるにもかかわらず、仕事をしようとしない、協調性がないなどの問題がある」と常々思っており、Oの直属の上司であるXが再三注意、指導していたことも認識していた。

▼ 16年7月、A隊長はOに対し、同年8月1日付で自衛隊C病院総務部会計課への異動(以下「本件異動」という)の内示がなされている旨伝えた。

★ 自衛隊内部では、1年という短期間で異動を命ぜられるのは、不祥事を起こした者等にかぎられると考えられていたことから、Oは本件異動の内示を屈辱的なものと感じていた。

▼ Oはそれまで平日に外出することなど滅多になかった、本件異動の内示以降、平日頻繁に外出するようになった。A隊長もOが頻繁に平日外出していることや、終業後すぐに食事をして急いで出て行くことがあることを認識しており、Xらに対して「Oの様子を気をつけて見てやってほしい」と依頼していた。

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<本件犯行および本件事件等について>

★ Oは「本件異動の内示を受けたのは、XがOの悪評を流布して、Oを会計隊から追い出そうとしたからである」と思い込み、それまでのXとの人間関係も相まって、Xに対する憎悪の念を募らせていた。

▼ Oは、Xが16年7月8日朝から翌9日にかけて、伊丹駐屯地で行われたイラク派遣説明会に出かけていたことから、帰隊後にXが残業をするであろうと考えていたところ、同日、帰隊したXがOの思惑どおり事務室で残業をはじめたため、A隊長とB二曹が帰宅するのを待って、Xの殺害を決行することを決心した。

▼ OはA隊長とB二曹の帰宅後、同日午後7時30分頃、事務室において、Xが業務に集中して、Oの挙動に気づかない状態である機会に乗じて、計画どおりにXの首を絞めて殺害しようと針金を手に持ってXに近寄ったが、Xに気づかれたため、とっさに金づちでXを殴り殺すしかないと考え、Xが動かなくなるまで、その頭部を多数回殴り、さらに針金でXの首を絞めて殺害した(以下「本件犯行」という)。

▼ Oは本件犯行後、生活隊舎に戻って血がついた衣服を洗濯し、シャワー室で全身を洗うなどした後、Xの遺体を駐屯地から運び出そうと、自動車を生活隊舎西側に移動させた。そして、翌10日午前1時半頃、OはXの遺体を何重にもビニール袋に包んではガムテープで袋の口をふさいだ上で運び出し、自動車内に隠匿した。

▼ その後、Oは事務室に戻って床の血をモップなどで拭きとり、凶器の金づちや針金を入れた袋を隠すなどして、同日午前6時を回った頃には、Xの行方をさがす当直勤務の隊員に対して、事務室内にはXがいない旨答えた。

▼ 同日午前7時20分頃、OはXの遺体を駐屯地外に運び出そうと当直勤務の隊員に外出許可を求めるなどしていたが、事務室において、B二曹と顔を合わせ、他の隊員もXをさがしている最中、駐屯地からXの遺体を運び出すわけにもいかないと考え、Xをさがすふりをしながら、駐屯地内を歩き回っていた。

▼ 同日午前10時すぎ頃には、Oは行方不明のXに関して、警察官からの事情聴取に応じ、警察署において、Xを殺害して遺体を車に隠している旨述べた。同日中の警察の捜査によって、Oの供述どおり、Oの自動車内からXの遺体が発見された。

▼ その後の調査の結果、Xの死因は頭部打撲による脳挫傷およびクモ膜下出血であると判明した(以下、当該殺害にかかる事件を「本件事件」という)。

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<本件事件後の経過について>

▼ OはXに対する殺人と死体遺棄で逮捕、勾留され、同年7月31日には、殺人および死体遺棄で起訴された(以下「本件刑事事件」という)。和歌山地裁は17年11月、本件刑事事件について、Oを「懲役16年」に処する旨の判決を言い渡した。

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