私は頭も性格も悪い人とは関わりたくない
大学生の頃、ファッション業界に興味があったけれど、ファッション業界に就職しなかった理由は、ファッション業界の人種と合わないと思ったからである。
ファッション業界で派手に目立っている人は元ヤンとかワルだった人が多い印象があるが、そもそも身なりに気を配って“キラを張る”というのは、ヤンキーの“ナメられないように威嚇する”ということであるから、似ている。
ヤンキーは男も女も何故か、カワイイ子が多い。それがまた、ファッションという見た目重視の世界に合っている。「バカだけど見た目がいい」のはファッション業界としては使い捨てできる人材で、年を取って容色が衰えれば邪魔者扱いされるか、給料の低さで自発的に離れてもらえる。
ヤンキーは時代時代で定番のヤンキースタイルを創り出してきたが、そんなところもファッションと親和性がある。
たぶん、アパレル業界で仕事をしていていちばん楽しいのは実際に服を作る人だと思う。
その他は、はっきり言って、雑用だ。
私のように自分で何も作れなければ、売る側に回ることになるが、それだとファッションなど関係ない。ただの商売人だ。
そこが、学生時代の私がIFIに行って分かった事。
ファッション業界は高学歴の人が少ないが、それは高学歴の人が集まらないからだろう。
結局、学歴も、職業も、「類は友を呼ぶ」の言葉通り、似た人たちが集まるものだと、社会人になってからよく考える。
学力が低いだけならまだいいが、人間性の低い人、性格の悪い人と同じ環境にいるのが、私は、絶対に嫌。でも、実際、学力が低い人は性格も悪い人が多い。なぜなら、思慮がないからだ。
私の地元がまさにそうだった。
家の周りの地域は、学力も収入も低い階層が多く、劣等感をかかえてうっぷんを溜め込み、それを迷惑な形で周囲にまき散らしている大人が多い。劣等感で、人間が、捻じ曲がってる。
当然子どももその悪影響を受けるから親から卑屈さ、劣等感を受け継いでおり、それを本人も気づいているが、言葉にして考えることができないから、積もりに積もったその劣等感を紛らわすために攻撃的な人間性が醸成されている。
それが何代にもわたって繰り返されている。そういった人種が集まっている地域、それが私の地元。
その後、中学受験してまで入った同志社系列の女子校は、まともに勉強せずに大学まで内部進学することを選ぶ金持ちの怠惰な子女ばかりで、気骨も学力もない人たちの集まりの中でこっちまでレベルが引き下げられないようにするのが大変だった。
気概がなく、中身がカラッポで、自分で何も物事を考えられない人たち。
金にも環境にも恵まれているのに努力しない。
何のために生きてるんだろうこの人たちは(搾取されるためだけに生きているのだろう)といつも思っていた。
自分で感じ、考えることができないのだから人間として生きている意味がない。
そもそも京都自体が民度が低い。バスの運転手の感じの悪さ、自動車のマナーの悪さは全国随一ではないか。
自分の両親、親戚も知力、人格ともに程度の低い人たちで年齢一ケタの頃からずっと実家が嫌だった。
地元も実家も嫌で、京都にいる時は、肥溜めの中にハエが卵を産んでウジ虫が生まれてハエになり、また肥溜めに卵を産む、その繰り返しを見ているようだった。
高校を出たら、絶対に京都から出て行こう、東京に行こうと中学時代に決心した。
高校を卒業した時、もう、これからは、一生、頭も性格も悪い人たちとは関わらないと決意した。自分の通っていた中高の人々とか、自分の育った実家、家の周りの地域の人々みたいに、理性のない人々とは、金輪際、関わりたくない。
そもそも、思慮を持ち合わせていないこういう人種は、話が通じない。けれどファッション業界の人々は、自分が見切って見捨ててきたレベルの人間と同等の人々という印象だった。
大学以降の人生ではそれまでの人生とは比較にならないほど周りの人間の質が上がり、人間的にも知力的にも自分以上の人々と交友を持つようになって、周囲の人との何気ない会話や考え方から学ぶことが多かった。
頭のいい人は、落ち着いて冷静に物事を考えられるのがまず共通している。
思考が早いし、考えの筋道が見当外れではない。
真面目に粘り強く物事を遂行できる。
落ち着いて物事を考えられるから、短気でない。
何かに劣等感を持っていたとしても、自覚、自制心があるからそのせいで攻撃的になることもない。
自分に何ができて何ができないかよく分っていて、前向き。
自分の親や親戚、それまで通った小中高校にいた人種とは天と地の差だった。周りの優秀な人たちは、私と出会うまでに、家庭や学校で同じような人たちのいる環境にいたからそういった「まともな人種」の姿勢が身についているわけである。
一方で私は18年間、そんな世界を知らなかった。だから、優秀な人たちの優秀さを観察して、学んで、自分が遅れている部分を全て吸収したいと思っていた。
遅れている分を取り戻すために、今後は、自分より人間的にも能力的にもレベルが下の人とは、関わりたくないと決意した。
このように、周りの人間の質が自分にとって重要であることが嫌というほど身に沁みてきたので、私は、自分が尊敬、信頼できる人のところでしか働きたくなかった。