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大学非常勤講師の給料をめぐるある顛末

今年度の諸事もそろそろ終りが見えてきたので, “某案件” に関して事後報告をしておいた方がいいかもしれない.

1. 非常勤講師契約書の「解釈」をめぐって

関東のとある大手私立大学で非常勤講義を引き受ける機会があった.ワタクシは現在の本務先では「再雇用」の身分であり,日給計算による給料をもらっている.大学への非常勤出講は出勤簿上の「欠勤」として扱われるので,日給は支給されない.したがって,欠勤分の日給と同等以上の非常勤講義俸給が支払われなければ,ストレートに “赤字” に陥り,何の義理もない大学で “サービス講義” をすることになってしまう.

事前の打ち合わせの段階で,先方の大学(窓口となる専任教員)からは「うちの大学は非常勤講師の給料がとても高く,一回の講義につき◆円も支払っています」と聞いていた(太字部分はとても重要).つまり,毎回出講するたびに◆円が支払われるという “解釈” だ.その後,大学から送られてきた「契約書」(冒頭写真)をその教員に見せた上で,非常勤講師給に関する「講師手当(授業1コマにつき)◆円とし」という契約書文章表現の “解釈” についてふたたび確認した.ワタクシの質問に対して,先方は上の “解釈” でまちがいないとのことだった.

この手の契約書の “解釈” は大学によって異なることがあり,ときに “悲劇” を引き起こすことがあるのはみなさんご存知の通りだ.たとえば,この大学で月4回講義をするとき,非常勤講師給としていったいいくらの “月給” が振り込まれるだろうか.その教員の “解釈” によれば,「授業1コマにつき◆円」であれば月給は「4×◆円/月」となるとのことだった.これまでも同大学では非常勤講師に対してこの基準で給料が支払われてきたそうだ.

給料というのはものすごくたいせつなことなので,ためらうことなく先方に問いただした方がいい.講義が開講されるまで数度の打ち合わせがあるたびに給料について問いただした.お金のことはしつこいくらい訊き倒すべきだというのがワタクシのモットーだからだ.

しかし,ワタクシは最初から “引っかかり” を覚えていた.専任教員の “解釈” に疑義を唱えたことはなかったが,ワタクシは都内の私立大学数校での非常勤講師をした経験があり,その給料の相場も知っている.この大学が提示する給与額はその相場平均をはるかに上回る「外れ値」だった.「ほんとうか?」 かすかな疑念を引きずりながら講義が始まった.

2. あっけない顛末 —— 誰が「真実」を知っていたか?

結末はあっけないほど単純だった.くりかえし聞かされた “解釈” はただのまちがいだったからだ.

最初の月もそれに続く月も,月n回講義して「n×◆円」が振り込まれるどころか.毎月「定額◆円」しか振り込まれなかった(交通費別).要するに,ワタクシがもっとも危惧していた “赤字” になったということだ.あれほどしつこいほど気をつけて,先方に執拗に確認したにもかかわらず,このていたらく.

ワタクシは,窓口となった専任教員に対して,給料振込明細のコピーを付けて「これはいったいどういうことなんでしょうか?」と問い合わせのメールを送った.すかさず,先方から「そんなはずはない.何かの間違いなのですぐ確認します」との返信あり.数日後,回答があり「ごめんなさい,私の “解釈” が間違っていました」との謝罪が届いた.マジですか.

先方の専任教員の言によれば,非常勤講師給料の俸給額については,あらかじめ学科内の同僚の教員にも確認し,さらに学科長にも確認した上で,ワタクシに出講依頼してきたそうだ.あらためて大学の担当事務に確認してはじめて,彼らの思い込みを反駁する “真相” がわかったらしい.その真相とは「半期(6ヶ月)の講義であれば「定額◆円」が6ヶ月にわたって振り込まれる」だった(これは私立大学ではよくある非常勤講師給の支給スタイルだ).「うちの大学は非常勤講師の給料がとても高く」—— それ,間違ってます! その辺の私立大学とぜんぜん “有意差” ないですよ.

要するに —— 学科長も含めて専任教員全員の “解釈” が間違っていたということだ.非常勤講師に対していったいいくら支払われていたかを教員が誰も知らなかったというわけだ.そのまちがった “解釈” を信じたワタクシはただのアホでした.

上にも書いたように,ワタクシは当初から疑わしさを感じていた.しかし,専任教員が「大丈夫」と言うのでお引き受けしたのだが,実態が判明して「やはり」と納得すると同時に唖然とするしかなかった.先方から聞いたところでは,同学科の過去の非常勤講師にも同じ(=まちがった)俸給額を提示してきたとのことだが,彼らからはまったくクレームが来なかったので今の今までわからなかったらしい.今回ワタクシが指摘しなければその “被害” は次年度以降も誰にも気づかれないまま繰り返された可能性があるということだ.

非常勤講師を引き受けるというのは,さまざまな事務手続きがあることはもちろん,少なからぬ時間とお金とエネルギーが費やされる.ワタクシのような “被害者” を出さないためには,前任の非常勤講師(たち)は説明通りの給料が支払われなかったら,即座に大学にクレームをつけてほしかった.研究者はお金のことをアレコレ言わないのが “美徳” のように言い伝えられているが,それは単にまちがいであるだけでなく,今回のように後任の非常勤講師に対して実質的な被害をもたらす “共犯者” になる可能性がある.大学は教育労働の対価をちゃんと正しく払わないといけないし,非常勤講師はその点に関してもっと敏感にならないといけない.何度も繰り返すが,お金のことはとても大事なので,うやむやにしないでほしい.

次年度以降の出講も昨年のうちに内定していたのだが,もちろん,その場で即座にお断りした.金の切れ目は縁の切れ目だ.非常勤講師を搾取してはいけない.この大学に出講することは今後もうないだろう.

3. 苦い教訓 —— どうすべきだったか?

専任教員たちが学科に出講する非常勤講師の俸給額を正しく理解しているわけでは必ずしもない.ワタクシが専任教員に対してしつこく確認したのはスジが悪かった.専任教員といえどもぜんぜん信用できないからだ.むしろ,当該大学の人事担当あるいは給与担当の事務にダイレクトに問いただすべきだった.非常勤講師契約書を交わすのはその疑問が解決したあとにすべきだった.

—— 以上,今後のための苦い教訓としたい.

[追記]上記某大学から「非常勤講師の契約期間の満了について」という通知が届き,「次期(次年度)の更新は致しませんことを御通知申し上げます」とのこと(当然だわな).この件に正式にケリがついて実にシアワセである.(2021年3月15日)

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