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パスタとスパゲッティの違い ースパゲッティは折ってから茹でてもいいの?

パスタとはPaste(日本で言うペースト)を意味していて、水や卵と小麦粉を混ぜ合わせて出来たもの全般を意味する。つまり、スパゲッティよりもパスタの方が上位概念。スパゲッティは偉そうな名前してるけど、「パスタの中の1種類」でしかない。

パスタとスパゲッティの関係は「パン」と「食パン」の関係に似てる。「パン」はパンのようなもの全般を指す。

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↑全部パンだけど、全部が食パンではない

食パンは「パン」だし、アンパンもクリームパンもクロワッサンもバゲットも「パン」。でも「食パン」だけがパンであるわけではない。これはパンが食パンの上位概念だから。

これと同じように「スパゲッティ」はパスタの中の一つの種類で、細くて長い麺状にして調理されたもののことを言う。つまり、スパゲッティがパスタであることは間違いないけど、スパゲッティとパスタが同じだと考えるのは間違いということ。

パスタにはたくさんの種類がある。Penne, Anelli, Calamarataなど、日本語の「麺」には合わない形をしたものも「パスタ」の中の一つ。でもそれらは細長い麺状ではないので「スパゲッティ」ではない。

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↑パスタだけどスパゲッティじゃない

何が食べたいか聞かれて、「パスタ食べたい」と言うのは、「何でも良い」と同じぐらい情報として役に立たないということになる。パスタには350以上の種類があるから。もっと明確に「ペンネが食べたい」とか具体的にどのパスタか選んでから言わないと言われた方は選ぶのが大変。

具材を中に入れたパスタ(Stuffed Pasta) なんか麺的な要素が全くないけど、これも分類上はパスタ。

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↑Stuffed Pasta

前にレストランで「スパゲッティ」と言ってる子供に「こら、スパゲッティじゃなくてパスタでしょ」と注意している親がいたんだけど(子供はスパゲッティを注文しようとしてた)、パスタの方が上品みたいなことを思い込んでたみたいで面白かった。そういう考えってどこから生まれてくるんだろう。パリの人はみんな芸術家みたいな変な考え方。

では次に「スパゲッティは折ってから茹でてもいいのか」問題。スパゲッティを茹でる用の鍋(高さがあるやつ)を用意して使うよりもスパゲッティを折ってからいつも使う鍋(低いやつ)で茹でる人がたくさんいる。そっちの方が楽だし、麺が短かければ食べるときにフォークでいつまでも巻かなくていい。

でも、もしイタリア人の前でそんなことをしたら人間でミートソースが出来るような殴り合いの喧嘩が起こる(起きない)。ただ、スパゲッティを折っても良いのかという問題は世界共通で時々話題になる。

日本にも「スパゲッティを折ってから茹でるなんて許せない!」という「スパゲッティ原理主義者」たちがいる。「スパゲッティを折るようなイタリア料理店には絶対に行かない」という人たち(まじで実際に存在する。こわっ)。

こういう人たちをみたら「変なところにこだわるなよ…」と思う人のほうが多いはず。しかし、「スパゲッティを折るのが許せない」という人はスパゲッティの定義上、正しいことを”言おうと”している。そしてスパゲッティを折ってから茹でると公言するイタリアンレストラン店は言わなくていいことを言ってる。

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「スパゲッティは折ってから茹でても良いのか」の答えは「折り過ぎたら駄目」。その理由は「細長い形状がスパゲッティのアイデンティティ」だから。細長くなかったらスパゲッティじゃなくて他のパスタになる。食べるときに「細長いな」と思えるぐらいには長くなければそれはスパゲッティではない。

また、パスタの形状はソースと密接な関係がある。少なくとも料理人たちはそう信じてる。理想なソースにはそれ用の理想のパスタがあって、その意図にあったものが選ばれる。だから、スパゲッティを出すときには「細長い形状にあったソース」が使われることになっている。ラーメンでも麺によってスープの染み込みかたが違うとか言う人達がいるけど、あれと同じようなこと。

ただ、今回の話のように長さだけを注意する場合、「食べる人が細長いと感じたらそれで良い」が答え。

例えば40cmの長さのスパゲッティがあったら、1回折ったら20cmぐらいになる。十分長いと言える。でも、そこからさらに折って10cm以下になるとスパゲッティかどうか怪しくなってくる。食べる人が「スパゲッティにしては短くね?」と思ってしまったら、それはスパゲッティじゃないから。

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↑これはうどん

ここで急に「スパゲッティは折っていいのか問題」を根底からぶち壊しかねない大事なことを言うけど、スパゲッティはパッケージに入れて出荷される前に、生産過程で何度も折られてる。スパゲッティ原理主義者たちからしたら「サンタはいない」みたいな話。

工場ではもっともっと長い状態に麺が作られて、それを何度か折られてから袋に入れられている。だから「スパゲッティを折ってから茹でるのが許せない!」と言う人は、正確には「スパゲッティをパッケージから取り出してから折って茹でるのが許せない!」と言っていることになる。だってそもそも折られてから売られてるんだから。

「スパゲッティに長さは大切だから折るのは駄目だ」ということからは正しいことを言おうとしているのはわかる。細長くなきゃスパゲッティじゃないから。しかし、実際にはスパゲッティ原理主義者たちは「パッケージから取り出したときの長さに忠実に作れ」と言っているのに過ぎない。だから、折るかどうかにこだわる人たちは多分なにか勘違いをしてる。本当に折られたくないのなら、工場に行ってメートル単位の長さの麺を買ってきて茹るしかない。そんなの茹でられる鍋どこにあんだよ。

大事なことなのでもう一度言うけど、出荷されるものはすでに何度も折られてる。調理する人が、「折ったほうがちょうどいい」と思ったら、それは折ってもなんの問題が無い(細長かったら)。

それでも「折ったらだめだ!」と言っちゃう人に調理してあげなければならない時があったら(その人とは人間関係を切ったほうが良いんじゃね)、そういう時に使える対処法を紹介しておく。

それは、「スパゲッティを茹でる」と思わない(言わない)こと。「パスタを茹でよう」と思えばいい。「スパゲッティが食べたい」と言われたら「パスタならあるよ」と言えば良い。そうすればスパゲッティを折りすぎて他のパスタになってしまっても大丈夫。短くなっても、あなたが茹でたスパゲッティ用の麺がパスタであることには代わりないから。急に蕎麦になったりはしない。パスタのまま。だから相手は「このスパゲッティ折っただろ!」って言ってきたら(まじでこの人からは走って逃げた方が良い)、「スパゲッティじゃねぇパスタだ!」と言えば良いの。

くだらないことに関して長く書いたけど、

・スパゲッティは細長いのがアイデンティティ

・何回折ってもパスタのまま

・そもそもスパゲッティは売られるまでに何度も折られている

ということ。ソースとか茹で加減とかの方が大事だからそっちを気にして。

*食べ物の定義は科学的かどうかよりも実用性を最優先にして決められているから正しくあろうとするのは無駄。パスタに限らず細かいことは気にしすぎないほうが良いよ。


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