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ひなあられ

2月中旬を過ぎる頃、毎年母からある連絡が来る。
「今月末、アラレをつくる予定だよ」
これは、ひなあられを作りにおいで、という意味のメッセージ だ。
これを読んでくれているあなたには、お袋の味というものはあるだろうか?
私にとってのそれは、間違いなくこのひなあられになる。
母には一年の中で、ある季節になると作る食べ物がいくつかある。
ひなあられはそのトップバッターだ。毎年たくさん作るし、家族みんなが大好きだ。
他の家でどうなのかはわからないが、私の幼い頃からずっと、ひな祭りといえば母のひなあられが欠かせないものだった。そして、それはどうやら母の子どもの頃からそうだったようだ。

作り方はそれほど難しくないが、事前準備がいる。
お雛様に供えているピンク・白・緑の菱餅と、それとは別に、量を増やすためにい白いお餅を用意。
それらを小さく切って、日の当たらない風通しの良い場所で1、2週間干して乾燥させる。
準備ができたら、いよいよ揚げていく。
深めのフライパンに、2・3センチほど油を入れて熱し、油があたたまったら切った餅を入れる。温度は弱めの中火。
フライパンに入れたときの餅の小さな四角が集まった姿は、まるで紫陽花のように見える。(桃の節句だけど)
焦げないように時々菜箸で混ぜていると、しだいにぽんっぽんっと音をたてて餅がふくらんで割れる。
しばらくしてその音が聞こえなくなったら、火を強火にして充分に餅の花を咲かせてやる。ただし、一気に焦げるから気をつけて。
そうしたら火を止めて、キッチンペーパーをしいたザルに油を切りながらあげる。
次は味つけだ。
別の深めの鍋に砂糖を入れ、醤油を少しだけ回し入れる。2つをよく混ぜて、そこに様子を見ながら水をちょっとずつ足して、少しだけ砂糖を溶かす。
それから弱火にかけて木ベラで焦げないように混ぜながら、ふつふつしてきたら鍋を火からおろす。そうしたら揚げた餅を全て入れて、手早く上下に混ぜ合わせるのだ。

この数年はできるだけ母と一緒に作っているのだが、どうもこの手早く混ぜるのが苦手だ。ところどころ味のついていないあられができてしまう。
今年も母に「早くしないと砂糖がうまくつかなくなるよ!」と、嗜められてしまった。
それに餅を油で揚げているときは、つい怖気付いてしまう。ふだん揚げ物をしないので、ぽんぽんはじける餅が怖い。だってときどき油もはじけて攻撃してくるから…。
それでも2・3回繰り返していると慣れてくるのだが、やはりヒーヒー言っているときは母に呆れらている。
それでも母は、毎年私に作り方を教えてくれる。

「餅が充分に割れたら、最後に強火にしてカラッとさせるんだよ。じゃないと、食べたときに餅がキシッとして、美味しくないからね」
「砂糖と醤油の分量は決まってないから勘だね。甘い方が好きなら砂糖多めだけど、あんまり甘くてもね。まあ、けっきょく好みだけどね」
「ほらほら、手早く混ぜる!下から上に混ぜるんだよ!」

毎年同じことを言っている。
もちろん、私がいつまでも1人で作れないのもあるかもしれないが、きっと母も言いたくて言っているのだ。
教えたくて、教えてくれている。
伝えたくて、伝えてくれている。
そんな気がするので、私もわかっていても、なるほどなるほど、と言う。
私も教えて欲しくて、教えてもらっている。
そうやって、離れて暮らす母との時間を過ごす。
いつかこの時間が貴重なものだったな、と思う日が来るかもしれない。
それはずっとずっと先の話しだろうが、それまではずっとずっと教えてもらおうと思っている。
いつまでたっても、1人で作れないでいようと思う。

今年のひなあられと、母の雛飾りの写真
今年のひなあられと、母の雛飾りの写真

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