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チョコレートを贈る

祖父との出来事で強烈に覚えているのが、チョコレート事件である。

私は生まれも育ちも関東なので、青森に住む祖父と会ったのはきっと片手でおさまるくらいの数だったのだと思う。
祖父は私が3歳の時に死んだ。

祖父は何らかの病気で、甘いものや酒や煙草など家族から禁止されているものがいくつかあった。
いつも見張られているのに、こっそり煙草を吸っては叱られていた。

田舎によくある敷地の広い2階建ての家で、2世帯住宅だったので私は子どもながらにその構造を楽しんでいた。よく親戚の子どもたちでかくれんぼをしたものだった。

元々子ども好きな祖父は、当時一番幼かった私のことをとにかく可愛がってくれた。でもなんとなく恥ずかしくて素直に甘えることができなかった。それでも理由を見つけては、祖父の周りをうろちょろとしていた。
かくれんぼの時は決まって祖父の部屋に行って、こたつの中に隠れさせてもらった。

ある時私が部屋に入ると、祖父は嬉しそうな顔をして「チョ子ちゃん、これ内緒だよ」と、チョコレートをくれた。
ハートとかスペードの模様にへこんでいる、透明のビニールの包みのミルクチョコレート。たぶんスーパーとかで大袋で入っているようなチョコレート。

その時見張りの家族は近くにいなかったので、
「ないしょ、ないしょ」と二人で笑いあいながら食べた。
内緒だから親にも大人になるまで言わなかったけど、私の人生初チョコレートの瞬間だった。

甘くて、おいしくて、内緒で、楽しくて。

3歳のおぼろげな記憶ではなく、しっかりと脳に焼き付いているのだ。

そして私のチョコレート好きが加速したのは、中学生か高校生のときに江國香織さんのエッセイ「いくつもの週末」で綴られている言葉に出会ったことがきっかけだった。

チョコレートが大好きな江國さんは、自分の夫に「これから先どんなことがあっても自分以外の女性に決してチョコレートを贈らない」ことを約束させたのだという。

わかる。

3歳の子どもが何十年たっても忘れられないような大切な記憶。

あんなに甘くて官能的で、食べたら脳も心までも溶かしてしまうようなものを、自分の愛する人が他の誰かにあげるなんて確かに危険だな、と。
まだ恋だの愛だのよく知らないような年齢だったのに、なぜだか強く共感してしまった。

今の夫と付き合う前に、初めて2人で会ったときのこと。彼は待ち合わせの出会い頭で突然チョコレートをくれた。
もちろん私がチョコレートが好きなことは知っていただろうけど、花を好きなことも知っていただろうし、たぶん好きなキャラクターがあることも知っていたはず。
その日のデートは楽しかったし、また会いたいなとも思った。でも強烈に覚えているのは、帰ってから一人で食べたチョコレートの味。

他の人には贈らないでほしいな、と思った。

ご興味持って頂けたらサポートお願いします!いただいたサポートでチョコレートを買ってレビューしたいです。夢ふくらむ…。