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【三題噺】

雲の上、パソコン、眠る。【三題噺】



目が覚めた。
目の前に青白いライトを受けて、思わず顔を顰める。顔を上げた先には書きかけの原稿と、無秩序な文字列がチカチカと光っている。どうやら書きかけの原稿と迫り来る締切の前で睡魔に打ち倒されたらしい。

目元が貼りに刺されたように痛み、分厚い眼鏡を外した。ちりちりと痛むのはこめかみだ。相も変わらず目が覚めた後に見る原稿は、退屈で、つまらない。時刻は深夜も過ぎた28時。夜も深けきった頃だ。

夜に耽って打ち鳴らしたキーボードは、まるで自在に世界一の音楽を奏でているような気分にさせてくれる。見てくれ。読んでくれ。聞いてくれ。俺が神だと言わんばかりに最高の物語が紡がれていくのだと、自分の創作意欲に感動すらしたものだ。

だが、1度眠ってしまえばそれまで。

冷めた紅茶がコップの内側に線を引く。
沈着した色素が定めた限界は、まるで自分のもののように擦っても消えてくれない。

「まだ起きてたの?」

そんな声が聞こえた、ような気がして閉じていた目を開く。しぃん、と静まり返った1Kの家にそんな声など響くはずは無い。好き勝手に小説を書いた、高校生の夏。朝の10時から夕餉に呼ばれる17時。夢に耽ったようにただただ文字を連ねたあの日の、様たること。いかんいかん、現実が酷すぎて過去に縋ろうとしてしまう。
私はやっと処方箋をふりかけのように振って、ぷちんと薬を押し出した。机の上にころがった小さな粒に、このちっぽけな脳みそは支配される。たった一度の全能感に酔ったり、昔褒められた小さいエピソードに縋って自分の強みと思い込んだり、そんなちっぽけな脳みそだから、薬にだって騙されるのだ。

画面をシャットダウンして、冷めた紅茶を薬ごと呷る。さて、こうして銀河系のモノたちが彷徨うターミナル駅で出会った主人公たちの旅は1度終わったのだ。そして私の小説も。昔はどんなだったかな。冷めた紅茶を飲み干せば、空虚な茶色い線だけがカップに残る。

分厚い雲の中にいるような心地だ。
書きかけの原稿を書き上げてやろうという、小説家の意地すらこみあげない。雲の上の景色を過去に願う度に、肺が曇った空気を吸い込んだ。澄み切った夜の空気をガラス越しに眺める。潜り込んだ毛布は少しずつ重みをまして体にのしかかるだけだ。

生きてさえいればいい。

雲の間に挟まれて、落ちることも上がることも出来ず。生きてさえいればいいのだ。

書きかけの原稿が机の上で閉じられている。それがなんだか最後に残念に思えて、私はまた、瞼を下ろした。


後書き。

久しぶりに文章を書きました。

私は小説を書くのが好きだった。
PCに向き合って、のめり込んで。世界全てが私のものになったような感覚が私の全てになっていた。うつ病になってからは、そんなことも忘れていたが。そんな今の思いをただ書き連ねました。今はスマホですが、いつかまたキーボードを叩けるようになりたい。
昔のようになりたいと願ってしまう自分は惨めだと思いながら、書き上げました。

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