見出し画像

#7 年を重ねるにつれ、土や水など自然が恋しくなるのはなぜ?


■なんとなく湧いてくる、「自然の中にいたい」気持ち


行動制限のない夏休みだったこともあり、久しぶりに故郷へ帰った写真や、国内外で旅行を楽しむ写真がSNSにあふれていました。そんな中、かつての職場の先輩がアップした旅先での写真があまりに美しく、思わずコメントを残したら、それがきっかけで近況をメッセンジャーで報告し合うことに。

先輩:旅先でいろいろと考えるわけよ。もっとゆっくりしたいとか、自然の中にいたいとか。
私 :森や湖を散歩って、最高ですね。なんか次第にそういう中で暮らしたいと思います。私ですらちょっと郊外に住みたいと思ったりしますよ。土とか水のある生活がしたいって。
先輩:都市部にいないと身体に悪そうな体質のワタシですら、自然の近くにいたいと思う昨今…。公園散歩を積極的にするようになったよ。
私 :何がそうさせるのでしょうね。新宿御苑とか明治神宮とか、時々足を運ぶようになりました。
先輩:私も明治神宮は散歩コース。年齢と自然を求める気持、解明してくれ!

という“お題”をいただいて、ひとまず会話は終わりました。


新宿御苑は、都心にある自然の宝庫


20代後半から30代半ばまでを過ごした職場で、その先輩とは仕事はもちろん、お酒、カラオケ、ホームパーティなど、本当に長い時間を一緒に過ごしました。外出した先でその日の仕事が終わった日は、決まってビールで乾杯してからの反省会。年齢は確か2つか3つ上なので、ハナコ世代のトップランナーという感じでした。こちらが少しでも迷いや逡巡をみせると、「いいからやってみたら」と間髪を入れずに背中をドン!おかげで仕事もプライベートもアグレッシブな30代を送れたと言っても過言ではありません。そんな私たちが年齢を重ね、「自然の中にいたいよね」なんていう会話で盛り上がるなんて、当時からは想像もできません。

「年齢と自然を求める気持、解明してくれ!」との“お題”は、とにかく放ってはおけません。ここ2年余りの自分自身を振り返ってみても、ベランダ菜園や貸農園での収穫体験を経て、「土に触れる時間はいいな」「川や湖など水の傍に暮らすのはいいな」と思うようになりました。こうした変化は「年齢」も要因の1つだろうとどこかで理解はしていますが、それが「なぜなのか」を検証するのは、なかなか難しそうです。八ヶ岳に山小屋を完成させた作家の小川糸さんが、日経新聞(8月21日)のコラムに「私は自然を求めていた。もっと大自然の近くで、地に足をつけて暮らしたいという欲求は、無視できない程に大きく大きく膨らんでいたのである」と書いていたので、あら、この方も同じだ!と思ったら、1973年生まれのまだ40代。土地を購入して山小屋を建て、車の免許まで取得した、とありました。


■“自然に触れる”を「処方」する国も


“お題”を検証すべくいろいろと探っていると「オランダでは高齢者向けの“自然と触れてハッピーに”プロジェクトが進行中」という記事を見つけました。オランダの2022年の高齢者人口(65歳以上)は3,585,731人で、総人口に対する割合は20.45%。日本と同様に高齢者の孤独や介護は社会課題の1つです。この“自然と触れてハッピーに”プロジェクトは、体の動きにくさや失敗への恐れで自宅に引きこもりがちになる高齢者を外に連れ出して、自然に触れさせる取り組み。具体的には、介護施設の緑化や高齢者向き屋外イベント(ハイキングなど)の開催、そして「Natuurkoffer(自然ボックス)」の配布とあります。

日本の介護施設でも菜園での収穫体験や、ハイキングなどの野外活動はありますが、「Natuurkoffer(自然ボックス)」の配布は初めて知りました。これは、外出が難しくなった高齢者のもとに定期的に配達される「自然が詰まった箱」を指し、四季折々の自然の写真や、音が楽しめるメディアとともに、触ったり匂いを嗅いだりできる植物などの現物が入っているそうです。森へ散歩に行かなくても、自宅に居ながらにして自然の刺激を受けられる「自然の宅配便」と表現されています。「言語によるコミュニケーションが難しくなったとしても、自然はワクワク感を呼び覚ますので、よい非言語的刺激になる」と開発者は語っています。


緑を目にするだけで、気持ちはリセット


また、スコットランドの北東にあるシェトランド諸島では、医師が患者に「自然に触れること」を治療の一環として正式に「処方」する権限を与えられて話題になったそうです。2018年10月のことです。これは、「緑の処方箋」と呼ばれ、具体的な項目は「植樹の手伝い」や「緑地で時間を過ごす」など。実際に、「高血圧や呼吸器・心血管疾患の症状や不安の軽減、集中力と気分の向上、生活の満足度と幸福度の増加といった効果がみられ、処方をうけた人のうち63%はより活発に活動するようになり、46%は体重が減った」とあります。

さらに、カナダでは大自然に触れたい患者のために、医師が国立公園の滞在を処方できるプログラムがあるとか。ブリティッシュコロンビア公園財団が、2022年1月に正式承認したもので、同プログラムに登録した医療専門家が、通常72カナダドル(約6,400円)かかる年間パスを無料で患者に提供でき、対象患者は任意の国立公園で週に2時間ほど過ごすことを推奨されます。野外での滞在は「治療」には及ばないものの「解毒」になることから、ブリティッシュコロンビア、オンタリオ、サスカチュワン、マニトバの4州で導入され、いずれはカナダ全土へ拡大される予定だそうです。

■無意識に始めている?「土に還る準備」


海外の事例からも、自然の治癒力は様々な形で用いられていることがわかり、「年齢と自然を求める気持、解明してくれ!」という冒頭の“お題”の答えに少し近づいた気もします。もしかすると、年齢とともに徐々に低くなっていく免疫力などを、自然に触れることで維持しようとする力が人には本来備わっているのかもしれません。また、ウイズコロナと言われるこの3年間が、自然に触れる機会をより多くの人に提供し、自然の力を実感する人が結果的に増えたとも考えられます。冒頭のやりとりにあった通り、「都市部にいないと身体に悪そうな体質」の私たちが、「自然の中にいたい」と共感し合うタイミングは、コロナがなければ“確実に”もう少し先だったはずです。


夏野菜が終わり、秋冬野菜の植え付けが始まる貸農園


私の貸農園での野菜作りも、コロナなくしてはスタートしていなかったはず。その貸農園で、とても印象に残った1人の女性がいました。私が行く時には、必ずといってよいほどご自身の区画で野菜の世話をされ、帰る時もいつもまだ作業をされていました。お年の頃は70代後半もしくは80代で、「こんにちは~」「今日も暑いですね~」の挨拶を時折交わす程度。ただ、その女性が黙々と1人で土に向き合うお姿を目にする度に、いくつになっても自分の野菜を育てる時間と場所がある暮らしっていいなと感じていました。それと同時に、人は人生の残り時間が少なくなると、土の傍にいることが落ち着くのではないか、つまりそれは、自らで土に還る備えを始めているのではないかと思えたのです。

仏教的な世界観に、「人は土から生まれ、土に還る」という言葉がありますが、その女性の土に向き合う姿をみていると、この言葉がごく自然に思い出されました。「年齢と自然を求める気持、解明してくれ!」の“お題”の答えが明解に出たとは思えませんが、人生の折り返し地点を越えた私たちも、無意識に「土に還る」であろう自分をどこかで自覚しているのかもしれません。SNSの美しい写真をきっかけに生じた今回の“お題”は、私たちがより年齢を重ねていくことで、リアルな答えが見えてくるはず。そして20年後、30年後も、互いの近況を語り合いながら、生きていく上でのより難解な“お題”に向き合っていることでしょう。

文・藤本真穂 
株式会社ジャパンライフデザインシステムズで、生活者の分析を通して、求められる商品やサービスを考え、生み出す仕事に従事。女性たちの新たなライフスタイルを探った『直感する未来 都市で働く女性1000名の報告』(ライフデザインブックス刊/2014年3月)の編纂に関わる。2022年10月に60歳を迎えるのを機に、自分自身の働き方や生き方を振り返り、これからの10年をどうデザインするかが当面の課題。この3月、60歳まであと半年を残してプチ早期退職、37年間の会社員生活にひと区切りした。