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[論文自己紹介] キングペンギンの方向感覚


Stay the course: maintenance of consistent orientation by commuting penguins both underwater and at the water surface
Kozue Shiomi, Katsufumi Sato, Charles-Andre Bost, Yves Handrich
Marine Biology, 170:42 (2023)
https://link.springer.com/article/10.1007/s00227-023-04186-4

大海原を移動するキングペンギンが優れた方向感覚を持つことを報告しました。しかし何を手がかりにしているのかは謎のままです。

いったい何を手がかりにしているのでしょう…
(Illustration / Naoya Hata)


研究の目的

「キングペンギン (Aptenodytes patagonicus) が採餌トリップ中に向いている方位の変化パターンを明らかにし、定位能力を評価する」

育雛期のキングペンギンは、繁殖地から数100km離れた海域で餌を獲ることが知られている。餌場に向かう道中では、水平移動のためと思われる浅い潜水を昼夜ともに繰り返すが、採餌目的と思われる深い潜水(>100m)も頻繁に見られる。

→ 採餌トリップ中にキングペンギンが向いている方角の分布が、(i) 昼 vs 夜、(ii) 浅い潜水 vs 深い潜水、(iii) 水中 vs 水面、でどのように異なるか、あるいは似ているか、を調べた。その結果から、キングペンギンの定位能力と長距離移動戦略について考察した。


背景1

  • 多くの潜水動物(クジラ、アザラシ、ペンギン、ウミガメなど)が数百km〜数千kmというスケールで海での移動を繰り返している。

  • そのような長距離移動を確実に成し遂げるためには、水中という3次元空間での定位能力(方向感覚)が不可欠である。

  • 近年、潜水動物の移動経路データが着々と蓄積されているが、その多くは水面での位置情報を記録したものであり、水中での移動パターンや体が向いている方角の変化パターンについては情報が少ない。


背景2

  • 移動中の潜水動物の体の向きの分布について報告した論文が2つある。対象動物はアカウミガメとキタゾウアザラシ(こども)。水中と水面での方位を1秒間隔で記録。

→ どちらの論文でも、水中では基本的に一方向に定位しているのに対して、水面では方位がばらつく傾向があることがわかった。おそらく、水面で方位の手がかりを得て体の向きを調節しているのだろう、と考察されている。ただしどちらの種でも、水中で方向転換をした後で元の移動方位に戻ることもできていた、つまり水中でも定位能力があることが示唆された。

  • それ以外の動物、そして潜水性鳥類でそのような方位解析がされたことはない。ので、やりました。


方法

海へ出かけるキングペンギンの背中に、3軸の加速度、3軸の磁気、速度、深度を記録するデータロガーを装着。

→ 海から戻ってきたキングペンギンからロガーを回収、加速度と磁気のデータから体の向きを1秒間隔で推定。


主な結果と考察

  • キングペンギンの体の向きは潜水中でも水面でも、そして昼でも夜でも、採餌トリップの前半は南向き(餌場海域がある方角)、後半は北向き(繁殖地がある方角)、に集中していた。

  • 方位の集中度は浅い潜水(移動潜水)と水面で特に大きく、昼と夜で有意差は見られなかった。深い潜水では方位のばらつきが大きめだったが、平均方位は浅い潜水と同じ方向に維持されていた。

→ キングペンギンは水中数百メートルの深さでも、360度海に囲まれた水面でも、一定の方向に向き続けることができる(方向感覚を失わない)。エサ取り(おそらく)のために水中で方向転換を繰り返したあとでも、元の方向に向き直すことができる。ということがわかった。

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餌を追いかけたっぽい動きをした後も体の向きを元の方角に戻せている
  • トリップの中期=おそらく目指していた餌場に到着したと思われる期間には、浅い潜水はほとんどしなくなり、深い潜水での方位のばらつきはさらに大きくなり、水面での平均方位もばらついていた。それぞれの水面滞在期間中の体の向きはどこかしらの方角に集中する傾向があったが、特定の方角に向いているわけではなかった。

→ 餌場あるいは繁殖地への水平移動という目的から解放され、特定の方位に体の向きをキープすることをやめたのだろう。


  • アザラシとウミガメで報告されていた水面での方位調整の傾向はキングペンギンでは見られなかった。一方、水中での定位能力は同程度であることが示唆された。

→ アザラシとウミガメの場合は陸から人為的に運ばれて放された後の行動だったこと、キングペンギンは岸から遠く離れた外洋を移動していることなど、置かれた状況/環境の違いが定位メカニズムの違いにも関わっているのかもしれない。


結論

キングペンギンは、その場その場での採餌というローカルな目的を達成しつつ、平均的な体の向きは常に最終目的地の方角に定位することによって、限られた時間の中で長距離採餌トリップを達成できているのだと考えられる。

今後より多くの種で水中・水面での方位データの取得と分析が進めば、潜水動物に共通する、あるいは種特異的なナビゲーションメカニズムや移動戦略に迫ることができる、かもしれない。


まだわかっていないこと

  • 何を手がかりに方向を知るのか

  • なぜ移動をほとんどしていない水面でも体を目的地に向けているのか

  • 海流によるドリフトにどう対応しているか

  • 往路の目的地は比較的広いエリアだが、復路では繁殖地にピンポイントでたどり着く必要がある。どのくらい離れた場所から繁殖地の位置を知ること/定位することができているのか。

などなど


この研究の弱点

  • 背景2に書いたウミガメとアザラシの研究と比べた場合の新しさが少ない。

  • 定位能力の存在は明らかにできたものの、そのメカニズムは不明。

  • ほとんどの個体で採餌トリップの前半しか記録できていない(ロガーの記録が途中で切れた)。

  • ほとんどの個体で正確な位置情報(GPSデータ)がない。

  • データロガーと方位推定手法に由来する誤差があるため、解析や結果の解釈に限界がある。誤差の大きさが方位や水温変動に依存する可能性もあり、本当に悩ましい...。



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