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[論文自己紹介] ペンギンを運んで放したらちゃんと帰ってきました

(バイオロギング研究会会報 2019年12月号より)


「ペンギンを丘の向こうに運んで放したらちゃんと帰ってきました」
という事実を報告した短い論文を書きました。

Homing ability of Adélie penguins investigated with displacement experiments and bio-logging.
Shiomi K., Kokubun N., Shimabukuro U. & Takahashi A.
Ardea (in press)


アデリーペンギンのナビゲーション研究

動物のナビゲーション研究でよく使われている手法の一つに「displacement experiment(以下、運搬リリース実験)」があります。文字通り、人為的に動物をどこかへ運搬してリリースし、その後の行動を観察する方法です。リリースする場所や時刻を変える・特定の知覚を狂わせる、などリリース時の条件を様々に操作することによって、ナビゲーション能力やナビゲーションメカニズムに関するヒントを得ることができます。

海鳥のナビゲーション研究の歴史を眺めてみると、大胆な運搬リリース実験が1950年代〜60年代に集中している印象を受けます。そのような実験がなされた種は多くはありませんが、アデリーペンギンもその中に含まれていて、飛行機を使って繁殖地から南極点やアメリカのど真ん中にまで運んで実験をしたという報告があります。そしてそれらの実験結果から、運搬リリースされたアデリーペンギンはとりあえず北(海に出る方角)へ向かう・太陽から方位情報を得ている、という可能性が示唆されました。

しかしながら、当時はペンギンを目視で追いかけるしかなかったため、リリース後のinitial orientationの分布以外を計測することができませんでした。上述の研究を実施した著者自身、アデリーペンギンのナビゲーションについて理解を深めるためには「長距離・長時間の移動経路を記録する技術が必要である」「normal movementについても知る必要がある」という意見を論文に記しており、その論文を最後にアデリーペンギンのナビゲーション研究は沈黙の時代に突入しました。ちなみにその論文にはアデリーペンギンをうまく運ぶ方法についても書かれていましたが、飛行機でペンギンを運ぶ機会がある人はあまりいなさそうです。

運搬リリース実験×バイオロギング

そのような背景から、「移動経路を記録する技術」があたりまえになった今こそ、アデリーペンギンのナビゲーション研究を再開するのにうってつけなのでは...?ということで、南極昭和基地から20数km南、袋浦という場所で営巣しているアデリーペンギン2羽にGPS加速度ロガー(AxyTrek, TechnoSmart, イタリア)を取り付け、丘を越えて1km離れた小さな湾まで徒歩で運んで放し、リリースから巣に帰ってくるまでの行動を記録しました。

名称未設定

↑放たれるペンギン

ロガーに記録されたデータによると、どちらの個体もリリースから数時間後に湾を出て繁殖地に向かい始め、ほぼ最短と思われる陸上ルートを歩いた後、最後だけ海を泳いで巣に帰っていました。私たちがペンギンたちを運んだ時には急な斜面を避けるために迂回しなければならなかったのですが、ペンギンは陸上ルートと海ルートを使って時間的にもエネルギー的にも一番コストの低い帰り方をしたようでした。

というのがこの論文の内容です。

私にとってのこの論文の意味

実験個体数2羽・運搬距離はたったの1km、というこの超小規模な(予備実験のつもりでやった)実験の結果を論文にするべきかどうか迷いましたが、以下のようなちょっとした動機があり、発表することに決めました。

● なにはともあれ50年ぶりにアデリーペンギンのナビゲーション研究が再開されたことを記録しておきたい。

● ペンギンのトラッキングデータはどんどん蓄積されているけれど、採餌生態・繁殖生態以外の観点から解析している研究はあまりない。という状況を打破する第一歩に....いや、別に打破はしなくていいのですが...多様化というか...。


アデリーペンギン調査では「normal movement」のデータもたくさん集めてきましたので、次はそちらの解析で言えることを探したいと思っています。


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