いよいよ日本でも始まった「若者気候訴訟」!
増本志帆(弁護士)
若者たちが発電事業者を訴える
2024年8月6日、15歳から29歳までの16人の若者たちが、名古屋地方裁判所に新たな気候訴訟を提起しました。
被告として訴えられたのは、JERAや関西電力等、石炭火力発電所を保有する発電事業者10社です。若者たちは、被告の事業者らに対し、現在の世界的なコンセンサスである1.5℃目標と整合する水準までCO2排出量を削減することを求めています。
若者が中心となって本格的な気候訴訟が提起されたのは、日本で初めてのことです。
訴訟の背景となっている三つの格差
この訴訟の背景には、三つの格差の問題が潜んでいます。
力の格差
一つ目は、力の格差です。
被告となった企業はいずれも名だたる大企業。しかも、電力という、現代を生きる私たちの生活に不可欠なエネルギーを供給するインフラ企業でもあります。
被告事業者らは保有する火力発電所から、今もって膨大な量の温室効果ガスの排出を続けながら利益を得ています。彼らが速やかに脱炭素へと事業の舵を切ることは、気候危機の回避に不可欠です。
しかし、豊富な資金力や知名度を擁する事業者らに対し、リソースの限られた一般市民が影響力を及ぼしていくことは容易ではありません。
原告の若者たちはこの訴訟で、その巨大な壁に挑もうとしています。
世代間の格差
二つ目は、世代間の格差です。
気候変動の影響は、現在の世代よりも将来の世代に対してより深刻です。温室効果ガスの多くは大気中の寿命が非常に長く、世代をまたいで影響が累積していく性質があるからです。
いったん大気中に放出されてしまった温室効果ガスの影響を減殺することは容易ではなく、気候危機への取り組みには、長期的な視点が不可欠です。一方で、政策決定者や企業のリーダーたちの論理では、未だ短期的な経済利益が優先されやすく、将来世代の声なき声は後回しにされがちな現実があります。
これからの世界をより長く生きる若者たちは、自らが過去の温室効果ガス排出による被害者であるというだけでなく、自分たちにも、今現在も続く排出について、下の世代に対する責任があると訴えます。
南北の格差
三つ目は、南北の格差です。
温室効果ガスの排出は、歴史的に化石燃料の大量使用による経済発展と強く結びついてきました。日本を含む先進国の現在の豊かさは、産業革命以降の温室効果ガスの大量排出の上に成り立っているといっても過言ではありません。
他方、気候変動の被害は、途上国の人々など社会的弱者といわれる人たちにより顕著です。より貧しい人、弱い人立場のほど、リスクの高い環境で生活したり労働に従事していることが多く、災害対策のための資源や医療サービスへのアクセスなども制約されるからです。
原告の若者の中には、先進国で生まれ育ったことで、グローバルサウスの人々に対して加害者の立場になってしまっていることへの苦しさを訴える人もいます。
最後の砦としての司法の役割
若者たちの多くは、これ以上の気候危機を食い止めるべく、これまでも様々な運動を通して国や大企業に対して声を上げてきた人々です。その彼らが、日本では未だスタンダードとは言い難い「訴訟」という手段を選択するに至るまでには、それぞれに様々な葛藤があったと言います。
原告のひとりは「自分たちの声に大人たちは答えてくれなかった。非暴力を貫きたいと考えたときに、これ以上の手段としては司法しか残されていなかった」と、裁判に加わった理由を語っています。
誰もが具体的な行動を
昨年来の農産物への影響の大きさや、この夏の過酷な暑さをみれば、1.5℃の平均気温上昇を超えてしまった世界が、どれほど私たちの日常を脅かすものになるかは明白でしょう。
16人の若者たちの勇気あるアクションは、電力事業者らに対する訴えであるというだけでなく、私たちがこの先、どのような未来を選んでいくのかという、社会全体への問いかけでもあります。
新たな課題である気候変動問題に対して、日本の裁判所が旧来の議論を乗り越え、踏み込んだ判断をするためには、世論の後押しが不可欠です。
若者たちの問いかけに、私たち誰もが、たとえ小さなことからでも具体的な行動で応えることが求められています。
【参考】
明日を生きるための若者気候訴訟
https://youth4cj.jp