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唯一無二。 北斎の[肉筆画]

日本美術と少し距離を置いている(=まだよく理解できていない)ため、日本画の美術展にはあまり足を運んでいません。それでも、ハッと息をのむ作品に出会うと「これこれっ!これぞ日本の美!」(←よくわからないくせに^^;)と嬉しくなるのです。
日本橋高島屋で開催されていた(5月15日で終了)
<琳派、若冲、ときめきの日本美術>展
のチケットをいただいたので「琳派が大好き!」と公言する姉を誘って久しぶりの日本橋へGO!

細見美術館という京都にある美術館の開館25周年を記念して開催された美術展らしいよ。。。と話すと、
「えっ!細見美術館のこと知らないの?」と少し驚かれたのですが、全く知りませんでした。姉いわく、<琳派展>などで作品の所蔵元としてよく名前が出てくるらしいです。
しかし、素人(=私)には知られていない美術館の所蔵作品だけを展示しているのであれば、ちょっと小規模な美術展かなぁ〜と、なめていました。

本阿弥光悦/俵屋宗達、尾形光琳、中村芳中、神坂雪佳、酒井抱一、鈴木其一、そして伊藤若冲。。。素人(=私)でも知っている画家の作品が並んでいます。

左から)酒井抱一『桜に小禽図』
伊藤若冲『雪中雄鶏図』、『糸瓜群虫図』、『仔犬に箒図』

それぞれの画家が、日本美術や琳派の系図においてどの時代、どの位置付けに属するのか・・・という難しいことは理解できていない私でも、「上手!」「素敵!」「面白い!」と何も考えずに子供のように楽しめました。
いつか、いつか日本美術についても取り組んでいきたいなぁ。。。と。

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今回の美術展で 胸を鷲掴わしずかみにされたのが、北斎の[肉筆画]。
浮世絵[版画]ではなく浮世絵[肉筆画]というだけで、足を止めて見入ってしまいます。

浮世絵[版画]の場合、絵師(=北斎の作品)に→彫り師→刷り師→版元の手を経て作品が世の中に出てきます。北斎の描いた唯一無二の作品が、いろいろな人の加工を経て世の中に何枚も出回っている…という点で、印刷されたコピーに似た感覚を持ってしまうのです。
(↑ 全く理解できていない私の失礼な発言をお許しください)
どっぷりハマっている西洋美術の分野においてでさえ[版画]の良さはまだ理解できていません。
唯一無二感“ は、私の中で大きなキーワードなのかもしれません。

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今回展示されていた[肉筆画]は『夜鷹図』1789-1801年。
「夜鷹」と呼ばれる遊女が柳の下で客引きをしている様子を、30歳頃の北斎が描いた一枚です。
縦長の作品であるため、まず作品の上半分だけを観てみます。
月のシルエットが美しい!。月の全体図からすれば、その下部分の弧だけが描かれているので「上弦の月」のようにも思えますが、いえいえ 私には薄らと浮かぶ「満月」が見えます。
そう、今夜は満月。
先ほどまでわずかに吹いていた風もパタと止み、柳の葉が身を潜める中で、蝙蝠こうもりが羽をばたつかせています。今夜は蒸し暑くなりそうですね。
月、柳、蝙蝠こうもり。作品上部のここだけを切り取っても、江戸の夜に繰り広げられる物語の展開が想像できるのです。

葛飾北斎『夜鷹図』1789-1801年

いやいやこの作品。なんと言っても「夜鷹」=遊女の立ち姿が秀逸です。作品の下半分に目を移してみます。身体の反らし方、顔の角度、前に出した脚と後ろ脚の間隔・・・これ、“女性の身体が一番美しく見えるポーズ” に認定いたします!。今度鏡の前で練習してみようっと(^^)。

さらさらッと走らせただけのように思える筆さばきには、滑らかさと勢いがあります。女性の物腰、性格、仕草、思惑まで感じ取ることができるのです。
北斎の[肉筆画]にここまで引きつけられるのはなぜでしょうか。

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まず北斎の作品には「色気」があります。
匂い立つような女性はもちろん、蝙蝠こうもりにも月にも柳にすら「色気」を感じるのです。

そして「」があります。
耳をすませば柳の揺れる音、コウモリの羽ばたき、着物の擦れる音、下駄の乾いた音が聞こえてきそうです。
しかし不思議と「音楽」は聞こえてきません。北斎作品を実際に観た枚数が少ないのでなんとも言えないのですが、描かれている情景の「音」は聞こえても「音楽」を感じたことはまだないです。
(↑これは私の勉強不足からくる「聞こえてくるべき音楽を知らない」だけですね、きっと。)

他に何があるでしょうか。
」がある。うん、あります。
「夜鷹」=下級遊女とされる女性の多くは綿の着物に頭巾をかぶり、その年齢はさまざま。40代、50代、中には60代の女性もいたと言います。頭巾と厚い化粧で皺を隠しているかもしれません。痩せた身体は貧相かもしれません。
それなのに北斎の描く夜鷹には「品」があるのです。胸を張るように反らした身体、頭巾の端を軽くくわえて前を見据える彼女にプライドを感じるのです。

そして「しなやかさ」。
「しなやかさ」は北斎の[版画]作品にも感じることができます。伸びと「しなり」。これは北斎の構図と筆運びに起因しているのかもしれませんね。

他には・・・まだ何かあります。強く惹きつけられる何か。。。
」。。。そう北斎の作品には「欲」があるように思います。
着る物も食べる物にも頓着、執着しなかったという北斎作品に心理的な「欲」も社会的な「欲」も感じません。
本能的な「欲」、それも子孫を残すためではなく、自身が「これだ!」と納得できる “作品を残す” という強い情熱=「欲」があります。そんなアーティスト魂=「欲」が、北斎の筆により生み出された人物・情景に写し出されているのです。

北斎作品を知る。。。今更ながらですが、今後の課題といたします。

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「最近、物欲ぶつよくがなくなったんだよねぇ〜」
などと大人になったような発言を得意げにしていた 私。
とんでもないですね。
「欲」を出してまだまだガツガツ行かなくては!、と思った次第でありまする。

<終わり>

追記)
<琳派、若冲、ときめきの日本美術>展
日本橋高島屋での展示は終了したのですが、12月から名古屋タカシマヤで、来年の4月には静岡市美術館、来年秋には長野にも巡回するそうです。

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