あなたが恋しいわ プリデスティネーション

今年の2月に私はu-nextである映画を視聴した。
その映画のタイトルはプリデスティネーションである。
この記事ではプリデスティネーションについて書いていきたい。

あらすじ

時代は1970年のニューヨーク。
バーテンダーの前にジョンと名乗る青年が現れる。
彼は自分の身の上を語る。
「私が小さい女の子だったころ」と……。

原作紹介

実はこの映画には原作小説がある。
原作者はロバート・A・ハインライン、邦訳版は「輪廻の蛇」としてハヤカワ文庫より出版されている。
ハヤカワ文庫版は短編集であり、輪廻の蛇のほかにもいろいろな作品が読めるぞ。
因みにハインラインの有名な作品は「夏への扉」、「月は無慈悲な夜の女王」、「宇宙の戦士」、「異星の客」がある。
夏への扉は2021年に山崎賢人主演で映画化されたし、月は無慈悲な夜の女王と宇宙の戦士は機動戦士ガンダムの独立戦争とモビルスーツの原型になっていることで有名だ。
また、宇宙の戦士自体はポール・バーホーベン監督のスターシップ・トゥルーパーズとして映画化された。
異星の客はフリーセックスが有名であり、ヒッピーの経典のような役割を果たした。

感想

とても面白かった。
タイトルや映画の見出しはとてもガンアクション映画ぽいのだが、そんなことはなくて静かに伏線が回収されるのが美しい。

まず、この作品は過去の作品だしネットにネタバレはいっぱい転がっている。だが、ネタバレをするとこの作品の魅力である伏線回収の美しさが損なわれてしまう。しかし、ネタバレをしなければ感想を書くことは不可能であるため、ネタバレをしていく。

言い訳は終わりだ。

まず、タイトルの時点ですでにこの映画のネタバレは始まっている。
プリデスティネーションの意味は運命、宿命、予定説である。
予定説とはキリスト教の思想の一つで救済される者と地獄に落ちる者は既に神によって決められているという考え方だ。
予定説を唱えた者にはカルヴァンがいる。
カルヴァンの唱えた思想が、禁欲と合理化や貯蓄をもたらして資本主義を生み出したというのはマックス・ウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神で有名である。

閑話休題。
タイトルの時点で運命は変わらないということを教えられる。
運命や予定説ということから、この物語が時間に関係のある展開をすることは分かるかもしれない。



以下ネタバレ注意!!



ネタバレ1

この物語に登場するジョン、ジェーン、バーテンダー、爆弾魔はすべて同一人物である。
ジェーンはある日ジョンと恋に落ちて子供を妊娠・出産するが、その際女性器が損傷してしまうも雌雄同体であることが分かり、男性として生きていくことになる。
出産した赤ん坊は何者かに誘拐されてしまい、ジョンはライターになって生きている。
この誘拐犯はバーテンダーつまりジョン(ジェーン)であるし、さらにいえば赤ん坊は1945年のジェーンの育った孤児院に預けられたことが判明する。
つまり、ジェーンの父親と母親は自分自身であり己の産んだ子供もまた自分自身であるのだ。
彼ないし彼女には始まりが無ければ終わりもない。
父と母を知らない少女は自分を産んで青年になり、過去の自分を愛したら別れて、爆弾魔を追ううちに顔を変えてバーテンダーになって産まれたばかりの自分を誘拐して、爆弾魔になり果てた自分を/に射殺する/される。
これが主人公の人生であり、時間を移動できるため死んでも別の時間では生活しているのだ。

孤独と絶望の物語

この物語は孤独を扱った物語だ。
上で説明した通り、この物語の主な登場人物は全て同一人物である。
何なら主人公の親は主人公であり、主人公の子供は主人公だ。
つまり、主人公は赤の他人同士から生まれたわけではないから、主人公の愛した人物は自分自身だけということになる。
タイムパラドクスと恋愛が絡んだ物語には、バック・トゥ・ザ・フューチャーがある。
この物語では母親と父親が出会う前に未来から来た息子と出会ってしまい、母親に惚れられるというシーンがある。しかも発情してキスまでしてくる。
エロ漫画やラブコメ漫画を読んでいるとき、ヒロインの名前が身内と同じだったらげんなりしてしまうことを想起させる。
バック・トゥ・ザ・フューチャーでは親子だが別人物同士という逃げ道はあるが、この物語には自分しかいないのだ。
時間を移動できる主人公だが、追っている相手は自分であり、自分を妊娠させたのも自分、産んだのも自分。
セカイの中に自分しか存在せず、自分が自分を殺すことが決定づけられていて、恋しい相手は自分だった。

地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに。大脳皮質の襞のパターンに。目の前の風景は地獄なんかじゃない。逃れられますからね。目を閉じればそれだけで消えるし、ぼくらはアメリカに帰って普通の生活に戻る。だけど、地獄からは逃れられない。だって、それはこの頭のなかにあるんですから。

伊藤計劃
虐殺器官より
p52

主人公は自分という地獄に囚われた。
自分以外存在しない孤独と恋しい相手が自分だという絶望に。

この物語の悲壮感を楽しむためには原作小説を読むのがおすすめだ。
この小説のラストでは、なるべく考えないようにするためにバーテンダーが酒を飲むのだが、ベッドで横になるとジェーンの一人称になって「あなたが恋しいわ」で物語は閉じる。

暗闇に一人ぼっちでいるのがジョン(男)ではなくジェーン(女)であることが良い。どんなに姿が変わろうともジェーンのままだった。ただ、ジョンという鎧を着ていただけだったし、ジェーンとしてジョンつまり(自分を相対化してくれる)他者を求めていたのだ。
だが、ジョンは未来から来た自分自身だったし、そうなるように導いたのは今の自分だ。
「あなたが恋しいわ」とは自分という地獄に閉じ込められた告白だ。

まとめ

この映画はとても面白かった。
自分という地獄に閉じ込められて、ループする者の物語。
その伏線回収は未来が決まっているからこそ、図形のようにしっかりとはまっていて美しい。
人は自分の未来が決められていると言われたら、必死に否定しそうなものなのに、未来が決まっている伏線回収を美しいと思うのは業とみるべきか。
自分に閉じ込められた孤独と絶望の物語だと思った。

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