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夢の引越し便 #3-③

僕は帰宅後すぐにインスタントコーヒーを淹れ、焼き魚の匂いが家中に充満する中、空腹感を抑えて自分の部屋に引っ込んだ。音楽をかけようか悩んだが、それよりヒトミの手紙が気になったので、ベッドに寝転び、カバンから手紙を取り出した。その手紙は恐らく授業中に急いで書かれたようで、粗雑にひし形に折られていて、文体は走り書きで、青色のペンがところどころ滲んだり、文字の訂正が×印で入っていたりしていた。

「今日、これからあなたに会って、あなたのことを好きなクラスメイトの話をします。私は予言します。
『あなたは嫌な顔をして断る』と。

だからフォローの手紙です。
機嫌を直してね。まずはありがとう。私は知っていたよ。
私のことを大切にしたいと思ってくれているから、怒ったんだよね。ありがとう。
そんなあなたが大好きです。

なーんてね。大好きかどうかわからないけれど、書いてみてキャーってなってしまいました。
私ね、まだあなたのことがわからないの。とても不安になる。今まで出会ってきた人たちは、最初に目を見たり、一言会話をしたりすると、敵か味方かが分かったの。(ほとんどが敵だけど笑)だけど、あなたは違ったの。まだ何もわからないの。

正直に言うと今日、もう一通の手紙を書きました。私がクラスメイトを紹介するときのあなたの表情を見て、最後の手紙を渡すことになるかもと思って。さよならのための手紙。ほら、マジックとかであるでしょ? 右のポケットと左のポケットで違うもの入れてて、答えを知ってから同じものをポケットから出すやつ。

今日は反対の手紙を渡さずに済んで良かったと思います。

ただ、彼女(クラスメイトのシオリちゃん)のこと、私は本当に好きになってしまいました。
私レズなのかな? と思うくらい。(女子高は多いんだって。ヒッヒッヒッ。)
すごく真面目で優しくて女神のよう。あなたのことを好きというところも好き。わかる?
私と違ってシャイで、すぐに顔が赤くなるの。先生に指されて赤くなるんだよ。
だから、明日、きちんと、丁寧に話を聞いてあげてくださいよ。

最後に。もうこんなことはしないから怒らないでね。じゃあね。」

僕は、天井を見上げ大きく深呼吸をした。ヒトミは愛くるしいのか、じゃじゃ馬なのか、上手を取りたいのか、なにが目的なのか、いろいろなことが分からなかった。ヒトミの立場で考えてみようとしても、脳に生コンクリートを流し込まれたような異常な重みとザラザラした感触を味わい、思考停止した。
僕は、明日どのような立ち回りをしようかと考え始めた。おそらく黙り込んで最後に断る方法になるんだろうと考えた。シチュエーションをイメージする。うん。できる。きっと丁寧に。

僕は急に音楽が聴きたくなり、母親が衝動買いをして封を開けていないクラシックのCDをかけた。ホルストの組曲「惑星」だった。音楽の授業で聴いた記憶がなくもなかった。
タイトルが「惑星」だから宇宙を連想するだけで、例えばタイトルが「苦悩」だと言われたら、当たり前のように苦しみを連想する。クラシックとはそういうものだと知識のない僕は解釈していた。僕は音楽という授業が嫌いだったのだ。なぜなら担当する音楽教師の全てがレコードをかける前に、作曲家の偉大さと、時代背景と曲の意味を解説してから愉悦に浸りながらレコードに針を落とした。楽曲が始まる前のプツ、プッ、ブツブツ…と聞こえるノイズは、僕には作曲家の愚痴に聴こえていた。
作曲家の思想と言動と振る舞いと死にざまで楽曲の解釈は変わり、聴き手は植え付けられた価値観で楽曲を味わう。もちろん生み出された楽曲は大いに称賛されるべきなのだが、それが後世に残すべき曲か否かなど批評家の解釈次第だろうと考えてしまう。本来はもっと多くの楽曲が現代に残っているべきなのではないかと感じていた。

「プツ、プッ、ブツブツ…そんなつもりで書いてないよ。僕は。」と。



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