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民法改正のエモい話:法令用語としての「インターネット」のあれこれ

改正民法の施行日(4月1日)まで、いよいよ残り10日を切りました。

先日の南先生(@ChikaA17)のnoteにインスパイアされ、私も、改正民法の中で「エモさ」を感じた条文について書いてみたいと思います。

民法の文言として「インターネット」が登場

南先生のnoteでも述べられているとおり、今回の改正項目は極めて多岐にわたり(約200項目)、とてもディープな世界が広がっています。その中で、改正内容そのものというよりは、その字面を見て「おっ!」と興味を引かれた条文がありました。改正民法の548条の4です。

(定型約款の変更)
第五百四十八条の四 定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
 一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
 二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。
2 定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。
3~4 (略)

これは、定型約款の内容を変更するための要件等を定めた規定であり、実務的にも非常に重要です。ただ、私が興味を引かれたのは、条文の文言として「インターネット」という用語が使われている点でした。

もちろん、ここでの「インターネット」は、定型約款の変更内容を周知するための「適切な方法」の例示として挙げられているに過ぎません。その意味で、この条文のルールを構成するコアな要素とはいえないでしょう。

とはいえ、言うまでもなく、インターネットの普及により、ここ20~30年くらいで私たちの生活は激変しました。ここまで大きな社会の変化は、現行民法の起草者である穂積陳重・梅謙次郎・富井政章(敬称略)も予想していなかったのではないでしょうか。

そんな「インターネット」が、120年ぶりの大改正のタイミングで私法の一般法たる民法の用語として使われたことに、なんともいえないエモさを感じたのでした。

ちなみに、従来から民法の条文で使われていた外来語として「ベランダ」(235条)や「メートル」(215条)などがあります(今回の改正で「パーセント」も使われています)。したがって、民法に外来語(カタカナ語)が使われること自体が初めて、というわけではないようです。

法制審議会等における議論

では、どういう経緯で民法に「インターネット」という文言が用いられることになったのでしょうか。

この点について、法制審議会や国会の議事録を調べてみたのですが、例示に過ぎないということもあってか、「民法の条文の文言として『インターネット』という用語を用いることの是非」について正面から議論されたものは見つけられませんでした。もしどなたかご存じでしたら教えてください。。

私個人の推測としては、①「インターネット」を手段・方法の例示として挙げる法律が既に多数あること、②「インターネット」の指す意味や用例が既に社会一般に浸透していることなどから、条文案を起草する際に、それほど違和感なく受け入れられたのではないかと考えています。

以下では、①と②について少しだけ掘り下げてみることにします。

他の法律における「インターネット」の用例

法律の用語として初めて「インターネット」が用いられたのは、2000年制定の「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」だったそうです(※1)。この法律では、「高度情報通信ネットワーク」の例示として「インターネット」が用いられていますが(2条)、「インターネット」が何を指すかは定義されていません。

その後、多くの法令において、「インターネット」という用語が用いられています。どのくらい用いられているか、実際に調べてみます。

e-Govの機能を使えば、「任意の用語がどの法令のどの条文で使用されているか」を調べることができます。

キャプチャ

検索結果を見ると、616本の法令において、合計1176箇所で使われているようです(※2)。思っていたよりもめちゃめちゃ多いですね。

なお、上記画面の「検索単位」で「本則中の条単位」で検索したあと、「検索結果一覧」の左上「本頁の全案件の内容を表示」「選択した案件のみ内容を表示」をクリックすると、ヒットした条文が表示されます。

用例を見てみると、改正民法と同じように、手段・方法の例示として挙げられているものが多いようです。

以下のように例示ではない用例もありますが、「インターネット」の定義はありません。現在のところ、「インターネット」について正面から定義した法令・条文はないようです(※1)。

【会社法】
(登録基準)
第九百四十四条 法務大臣は、第九百四十二条第一項の規定により登録を申請した者が、次に掲げる要件のすべてに適合しているときは、その登録をしなければならない。この場合において、登録に関して必要な手続は、法務省令で定める。
 一 電子公告調査に必要な電子計算機(入出力装置を含む。以下この号において同じ。)及びプログラム(電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下この号において同じ。)であって次に掲げる要件のすべてに適合するものを用いて電子公告調査を行うものであること。
  イ 当該電子計算機及びプログラムが電子公告により公告されている情報をインターネットを利用して閲覧することができるものであること。
  ロ (略)
  ハ 当該電子計算機及びプログラムがその電子公告調査を行う期間を通じて当該電子計算機に入力された情報及び指令並びにインターネットを利用して提供を受けた情報を保存する機能を有していること。
 二 (略)

なお、法令用語辞典としてメジャーと思われる『法令用語辞典〔第10次改訂版〕』(学陽書房)、『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣)、『法律用語辞典〔第4版〕』(有斐閣)も見てみましたが、「インターネット」の項目は掲載されていませんでした。

他方、インターネットに(おそらく)近い意味で用いられている法令用語として「電気通信回線」が挙げられます。下記は不動産登記のオンライン申請の規定ですが、ここでの「電気通信回線」の用語は、定義はないものの、文脈上インターネットを指していると思われます。

【不動産登記法】
第十八条 登記の申請は、次に掲げる方法のいずれかにより、不動産を識別するために必要な事項、申請人の氏名又は名称、登記の目的その他の登記の申請に必要な事項として政令で定める情報(以下「申請情報」という。)を登記所に提供してしなければならない。
 一 法務省令で定めるところにより電子情報処理組織(登記所の使用に係る電子計算機(入出力装置を含む。以下この号において同じ。)と申請人又はその代理人の使用に係る電子計算機とを電気通信回線で接続した電子情報処理組織をいう。)を使用する方法
 二 (略)

他にも、「電気通信回線」が用いられている法令は多数みられますが(著作権法など)、「インターネット」と同様、「電気通信回線」の定義を定めたものはなさそうです。

ただ、「電気通信」が「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けること」と定義されていること(電気通信事業法2条1号、『法律用語辞典〔第4版〕』831頁)に照らすと、その通信方式(インターネット・プロトコルに依拠しているか否か)を問題としていない点で、「電気通信回線」は「インターネット」よりも広い概念といえるのではないかと思います。

法制執務における外来語の取扱い

言うまでもなく「インターネット」は外来語なわけですが、こうした外来語を、①法令用語として用いるか、②用いるとして別途の定義を要するかについては、法制執務上の基準が存在するようです。

まず、①外来語を法令用語として用いるかについては、「その言葉が日本語として定着していると言えるか否か」を基準に判断するようです(※3)。これだけだとイメージが沸きませんが、この点については、以下のような興味深い政府答弁があります(1964年3月4日衆議院科学技術振興対策特別委員会議事録)。

関道雄政府委員:
ただいまお尋ねになりました点は、外来語を法律の用語として使う場合にどの程度に慣熟すれば使えるかという基準は何かというお尋ねであったと思いますが、これは客観的に明確なる基準はちょっと申し上げにくいことであると思います。ただ、非常にばく然と申し上げますれば、世上で一般に使って、通常の義務教育を終わった程度の人が聞いてもその意味の大体はわかるという程度のものであると立法者が判断なさった場合にお使いになっているのだろうと思います。(中略)たとえばいまの「センター」でございますが、これもいろいろ見てみますと、会社などで日本デザイン・センターであるとか、日本リサーチ・センターであるとか、あるいは非常に俗なものではヘルスセンターといったようなところでセンターというのを使っておる。何かものごとの中心的なものである、何か中枢をなすそういう機関なり場所なりがあるということで、一般の義務教育を終わった程度の人ならば理解していただけるであろうというふうになったというふうな観点でセンターというのは使い始められたものである、こういうふうに考えております。

また、②外来語を法令用語に用いるとして別途の定義を要するかという点については、「社会通念上、一定の意味を有する用語を法令においてもそのまま使用しても特に紛れがないと考えられる場合には、その用語を定義する必要はな」いとされているようです(※5)。

以上の基準に照らすと、「インターネット」が何を指しているかは通常の義務教育を修了した人であればその意味の大体は分かり(①)、法令にそのまま使用しても特に紛れがないと考えられたことから(②)、現行法令上、別途の定義規定を設けることなく「インターネット」の用語が用いられるに至ったということになりそうです。用例の多くが例示に過ぎないことも一つの理由と言えるかもしれません。

これについては、疑問もないわけではありませんが(一般人がインターネットの仕組みを本当に理解しているといえるか?)、一応は上記のように整理できるのではないかと思います。

まとめ

改正民法で「インターネット」の用語が登場したことに「エモさ」を感じ、法令用語としての「インターネット」について、無駄に掘り下げて調べてみました。

改正民法の施行までいよいよ残り10日です。120年ぶりの大改正(=カオス)をリアルタイムで経験できることに感謝しつつ、いち実務家として、今後の実務の発展に貢献していきたいと思います。

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※1:林佑「インターネットの定義 法律のラウンジ〔106〕
※2:e-Govに収録されていない一部の法令や地方自治体の条例を含めると、さらに多くなると思われます。
※3:植木祐子「法律における外来語-時代に対応しうる法律をめざして-」。なお、この点を詳細に深掘りした論文として、石渡裕子「外国語の受容と法律における使用」があります。
※4:法制執務研究会『新訂 ワークブック法制執務〔第2版〕』86頁

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