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法務担当者のための保険業該当性ガイド:NAL分析③ 「定義」型事例検討① NAL No.5(空室保証サービス)

※本稿は私の個人的見解であり、現在所属する、あるいは過去所属した団体を代表するものではないことについて、あらかじめご留意願いたい。


今回は、保険業「非」該当4類型のうち、「定義」型について判断したNAL No.5について解説を行う。

【前回の解説】

【「保険業該当性ってそもそも何?」という方はこちら】

Ⅰ NAL No.5(物件オーナーに対して、空室発生時に賃料相当額を支払うサービス)

1 照会の概要

① 「誰が」サービスを提供するのか
賃貸管理事業者(入居者斡旋事業者)

② 「誰に」サービスを提供するのか
賃貸人

③ 「どんな」サービスを提供するのか
入居者斡旋業務に係る物件について空室が発生した場合、空室期間中の賃料相当額(ないしその一部)を支払う

④ 「どうして」サービスを提供するのか
顧客サービスの一環

2 金融庁の回答

(1)結論
保険業に該当しないとは言えない。

(2)理由
保険業法第2条第1項によれば、「一定の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補することを約し保険料を収受する保険」の引受けを行う事業が「保険業」に該当するものとされている。
これに照らすと、照会のあった事例は、照会者が家主より管理費として一定の金員を収受し、対象となる建物について、空室が発生し照会者が入居者斡旋活動を始めてから15日が経過しても次の入居者との賃貸契約が開始しない場合に家賃の9割相当額を、あるいは空室が発生した場合に全額相当額を金銭給付することを約定するものである。また、空室の発生やその解消は、従前の入居者が退去するか、新しい入居希望者が現れるかという契約締結時に契約者双方にとって確定されていない事由によって生じるものであり、かつ照会者の建物維持管理業務や入居者斡旋業務によりその結果を完全に回避することは困難なものといえる。

Ⅱ 解説

1 「偶然性」とは何か

(1)少短指針上の「偶然性」の考え方

「偶然の事故」にいう「偶然」とは、必ずしも人為的にコントロール不能な偶発性を指すものに限定されるものではなく、損害を生じる原因となる事実の発生の有無、発生時期、発生態様のいずれかが、客観的又は主観的に不確定であることをいう。

https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/syougaku/05.html

保険というシステムは、「偶然」起こる事故の存在を前提としたものである。必然起こる事象に対しては、それに応じて貯蓄などを行えばよく、必ずしも保険でこれに対応する必要はない。
「偶然」にも3つのレベルがあると考えられている。すなわち、①そもそも起きるか否か(発生の有無)、②いつ起きるのか(発生時期)、③どれくらいの規模か(発生態様)である。
(たとえば人の死は、必ず発生するし、その態様も「死」という意味では一定であるが、いつ起きるのかが不明であるという点で、偶然性を有する。このように、発生することは必然だが、時期が不定であるものは「相対的偶然性」を有すると表現される。)
金融庁は、①~③いずれかが不確定であるのであれば、偶然性が認められるというスタンスを採っている。また、客観的には既に確定的であったとしても、当事者双方の認識において不確定なものにも「偶然性」が認められるとしている。

(2)本件事例について
照会者は「空室が継続するか否かは、照会者が行う建物維持管理義務の履行状況、照会者がその決定に相当程度影響を及ぼす入居者募集条件、及び照会者が裁量により決定する入居者斡旋活動の内容に大きく左右される」ものであるため、空室状態の継続は「偶然の事故」に当たらないと主張した。すなわち、建物維持管理業務・入居者斡旋業務を行う照会者にとって、業務に係る建物の空室状態はコントロール可能な事象であり、これが継続する状況は「偶然」発生するものではないと言う。

これに対し金融庁は、以下の理由から、本サービスが保険業に該当しないとは言えないと判断した。
(a) 空室の発生及びその解消は、当該居室を入居者が退去するか否か、及び退去後に新たな入居者が出現するか否かという、オーナーと照会者との契約締結時には確定していない事由によって左右されるものであること
(b) 照会者が契約上の債務を履行したとしても、空室の発生を完全に回避することは困難であること

空室は、その発生自体が現入居者の更新時期の判断に依るという点で不確定なものである。また、空室は、照会者がどんなに最善を尽くしたとしても、新たな入居者が現れない限り発生してしまうものであり、照会者の債務履行ではその不確定性を拭うことができない。
こうした点に着目し、金融庁は本サービスが「偶然の事故」について実施されるものであると判断した。

なお、本サービスは人的・社会的関係に基づく給付ではなく、また慶弔見舞金でもないため、「注1」の非該当類型には当然ながら該当しない。

2 「損害賠償の予定」構成の可否

ところで、照会者が入居者を斡旋する義務を負っている点に着目して、本サービスにおける賃料の一部又は全部の保証は、かかる義務に反して新たな入居者を入居させることができなかった場合の「特約」(損害賠償の予定、民法420条1項)であると構成する余地はあるだろうか。

契約当事者間において、一方又は双方の債務不履行の発生に備えてあらかじめ損害賠償の内容・金額を予定しておくことは珍しくない。約定時において、将来債務不履行が発生するか、いつ発生するか、その規模はいずれも当事者双方にとって不確定であるから、これは偶然性を前提とした約定であり、保険的要素を有する。しかし、民法上は当事者間で取り決め可能とされているものを「保険業」に該当するとして制限するのは、取引社会に多大な影響を及ぼす。
そのため、このような特約は「保険とは異なる民事上の取引類型として、保険業に該当しないと考えられる。

もっとも、こうした考え方を逆手に取り「損害賠償の予定」に化体した保険的サービスが生み出されることも考えられる。
たとえば、XがYに対して「Yが1年間病気にならないよう、月額購読料1000円で、健康な生活のための情報誌を送る。仮にYが病気になったなら、債務不履行責任として、快復まで治療費として毎日1万円を支払う。」という約定をしたとする。たとえ情報誌の内容が正確なものであったとしても、常識的に考えて情報誌の送付のみをもってYの病気を防ぐことは不可能である。このようなサービスは、情報誌購読サービスに化体した保険(傷害・疾病保険)であると言わざるを得ない。
このように、初めから実現できない結果を約束し、それに反した場合に一定の損害賠償を行うとする約定は、保険業規制の潜脱であると考えられる。言い換えると、「損害賠償の予定」が「保険とは異なる民事上の取引類型」であるためには、結果を発生させる(もしくは発生させない)という債務が、技術的に十分履行可能なものでなければならない[1]

金融庁回答にもあるように、新たな入居者が入居するか否かは、前の入居者の退去時期や、景気状況等に少なからず左右される部分がある。そのため、斡旋義務を適切に履行したからといって、直ちに入居という結果につながるとは限らない。それにもかかわらず、空室状態の継続を斡旋業務の不履行による損害と捉えて、賃料の全部又は一部を債務不履行責任の賠償額とするような特約は、保険業規制の潜脱であるとして、やはり保険業該当性が肯定される可能性が高いだろう。


注:
[1] 令和3年5月17日付グレーゾーン解消制度における照会に対する回答では、照会者の「航海予測契約に係る損害賠償サービス」について、その債務の履行が十分可能であること等を理由に、「損害賠償の予定」として「保険業」には該当しないとしている。



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