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#KAQRIYOTERROR 新奇懐古周遊弐千弐壱真世界 西変 和歌山→大阪

僕は積みモデラーである。
積みモデラーとは、プラモデルを未完成のまま次の新しいキットを買ってきてしまい、それが棚の上に増えていくという怪現象。いや原因ははっきりしているのだが。読書の好きな方なら「積ん読」という言葉をご存知だろう。あれのプラモデル版だ。
念のために言っておくが、僕はあくまで作ること前提に集めていて、コレクターではないし転売するつもりも無いので、多少箱が傷んでいたとしてもパーツが揃っていれば問題ないし、たとえ貴重とされる絶版キットであっても途中まで組み立ててそのまま保管しているのだ。

今のご時世、音楽はサブスクだのクラウドだの便利なものが「在る」ので、CD棚が無くともNo Music, No Lifeを送ることもできるが、僕はやはりお気に入りの音楽は歌詞カードも参加ミュージシャンのクレジットもパッケージされたCDという「モノ」が「有る」方がいい。初回限定ブックレットなどあればなお嬉しい。読書の世界も電子書籍が普及してきたが、やはり僕は読書するならバッテリー残量を気にしたりせず、紙とインクの匂いを感じながら書に耽り、時にうたた寝して文庫本を床に落としてしまい、その折れ目が栞代わりになったり。お手紙を書くときもこうしてPCやスマホで下書きをするが、清書は手書きで便箋にしたためたい。そんな僕はアナログ人間だ。

プラモデルもCADデータと3Dプリンタがあればキットが手に入る時代が来るかもしれない。かといってハードディスクにCADデータ溜め込んでそれを眺めるのではなく、それを手のひらの上で眺めたいし、なんと言っても加工したり組み立てたり塗ったりの工作が好きだ。完成する達成感も嬉しいが、その工程の途中の方が楽しいのかもしれない。
よく「木工品にはぬくもりがある」とか言われ、それと対照的に「プラスチック=無機的なもの」と言われたりするし実際に石油が原料なのだが、僕にとってはプラスチックを削ったり硬化を待ってたりしていると、プラスチックの息吹きのようなものを感じる。きっとそれは金型職人への敬意でもあるのだろう。

そしてプラモデルはCDや本と比べると箱が大きい。しかし自動車のプラモデルは完成させるとそのキットの箱の何分の1かにまとまる。ところがその他のジャンル特に飛行機なんかは箱にパーツが収まってる時よりも完成品が嵩を増してしまう。なので飛行機の積みはひときわ捗るのである。(そこ得意気に言うな)

何が言いたいかっていうと、僕が体験したKAQRIYOのライブレポを一通り当ブログに掲載してアウトプットを済ませた、つまり未完成キットや未読本を溜め込んでしまっている僕にしては珍しく「未提出の宿題」が無くなったので、またフラットな気持ちでKAQRIYOをインプットしたい欲に駆られてきた。

前段のそのまた前段でした。
ここからが前段です。

当ブログでも書いたとおり東変のファイナルは、ほんと短い間だったけどそれはそれは壮大なテーマに満ちたファイナルだったと思う。
しかしあれから西変が始まり、彼女たちは既に4公演を遂行してきた。しかもその間かくりよちゃんずは京都から滋賀→奈良→神戸へと、平日も関東に戻らずずっと近畿圏を寝食を共にしながら、まさに「周遊」しているのである。
一方僕は、まだそれに参戦出来ておらず、彼女たちのスピードに取り残されやしないかという不安もある。しかしこの次の街での公演が生まれて初めてのKAQRIYO体験という人だっているのだし、そんな彼らの初心とは少し異なるが僕も再び初々しい気持ちになって観るのもまたいいかな。
って僕もまだまだヒヨッコなんですけどね。
そんな気持ちも持ちつつ、3公演を共にしてきたツアTとツアータオルをバッグに詰め込んで、セトリ用サインペンも忘れずに。

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普段の通勤と同じ時刻の電車に乗り、いつもは横浜で乗り換えるのだが今日は京急蒲田で乗り換えて羽田空港ターミナルを目指す。
久しぶりの飛行機。
飛行機に乗るのはつれづれOverdestrudoTourの大阪・火影以来だな。やっぱり飛行機は格別だ。離陸時の加速そしてシートの背もたれから感じるグラヴィティが堪らない。
僕はいつも主翼近くの窓側席を予約してそこからフラップやエルロンやダイブブレーキがパタパタと挙動するのを観察するのが好きだ。
遠ざかってく地上の街並み。
赤と白の縞模様のガントリークレーンが視界に飛び込む。その近くには横浜本牧の製油所の丸いタンクが並んでる。ってことはあの倉庫の隣が職場か。ちょうど始業時間だし今日もみんなは外作業してるんだろうな。あはっ。とりあえず日常にバイバイしよう。
積乱雲を突き抜けて成層圏へあがればもう別世界。
しかし今日は雲が全く無い。
あれっ?この海岸線はもう小田原?
あ!富士山!ヤマコさん!
ちょうど今の季節は山頂に雪が残っていて"The富士山"といった様相を見せている。
さすが標高のみならず「日本一の霊峰富嶽」と呼ばれるだけの美しさがある。

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ってこのペースで実況中継していられるのも今のうち。向こうに着いてからは初めて見るものばかりで忙しくなりそうだ。
この続きはホテルや自宅に帰ってから振り返ることになるだろう。

今日は雲が無いので大気圏に戻ってくる感覚もない。別世界のまま、いやこの別世界こそが真世界(にゅるーわーるど)。

大阪へ遠征する際に伊丹には何度も降り立ったことかあるのだが、関空に降り立つのはこれが初めてだし、和歌山県も生まれて初めてです。(高速道路を通過したりSAに寄ったことはあるが)

今年に入ってKAQRIYOを観るために名古屋へ初遠征をしたし、群馬へも行った。しかし名古屋も群馬も、かつてつれづれを観に行ったことがある街だ。
だがこの和歌山県は違う。今回KAQRIYOTERRORを観るために初めて来た。そしてかくりよちゃんずにとっても和歌山県は今日が初めて。

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振り返れば僕がつれづれのワンマンライブを初めて観に行ったのはMISS SINSの仙台enn3rdだった。
それまでの僕は広く浅くあまねく音楽に触れるべく、興味のあるグループの神奈川および都内でのリリイベでCDを1枚購入し、ミニライブと握手会に参加できればそれで満足といった具合だった。
つれづれとの初めてもそんな感じで正直チェキを撮るのには抵抗すらあった。しかしその時の小町ちゃんとの会話が、今まで会ったアイドルたちの威勢のいい「うわー!うれしいです!ありがとうございます!」とは全く違った居心地の良さだった。

僕のブログ及びTwitterを見てくれている人は気づいているだろうか。僕は「!(エクスクラメーションマーク)」を極力使わないようにしている。驚嘆やテンションの高さの表現にも使われるそれがあまりにも濫用されているのを読んでいると圧倒されて胃もたれを起こしそうになるので、僕自身はいくらテンションが高いときでもその昂りは「!」の数なんかよりも語彙で表現できるようになりたいと思っている。
そんなふうにして僕は、あの時落ち着いて彼女自身の言葉を紡いで接してくれた小町ちゃんの魅力に取り憑かれ、つれづれの楽曲もますます好きになりインストアリリイベに何度か参加するうちに、ワンマンライブに行ってみようという勇気が出てきた。


いつもライブハウスでライブしている側にとってライブハウスというものは当たり前に存在するホームグラウンドであって、きっとこういった「ライブハウスというものへ初めて訪れる者にとっての高いハードル」が分からないかもしれない。
彼らは気安く「ワンマンライブ来てね!」とは言うが、全くの未経験者にとっては特典会のレギュレーションはおろか、チケットの予約すらも分からないものである。熟読すればそれは理解できるかもしれないが、そこまで熟読するほど観たいライブでない限り、ふらっと遊びに行けるようなものではない。

僕はかつてバンドのベーシストとしてチケットをさばく側にもいたが、友達に配って友達がわざわざ時間を割いて観に来てくれたのを今でも有り難く思っている。
その後は引きこもってしまい音楽とは無縁の年月を過ごし、ライブハウスとも楽器とも音楽とも疎遠になってしまった。
そんな僕に再び音楽に触れる喜びを教えてくれ、ライブハウスへ導いてくれたつれづれに、そして小町には今でも感謝している。

なんて昔話に脱線してしまったが、もう少し脱線は続くのでどうか昔話にお付き合い願いたい。

───つれづれが新宿LOFTでそのファイナルを迎える一週間前に、仙台enn3rdでもライブが控えている。今まで東名阪中心にライブをしてきたつれづれにとって初めての東北地方でのライブ。
僕の両親は秋田出身で、僕にも秋田の血が流れている。なので東北地方にはひときわ親近感があるし、「東北魂」を掲げ震災復興に向けて何年も東北を応援し続けるサンドイッチマンの姿も思い浮かべていた。
初めての東北地方に不安や戸惑いを感じ心細く思ってるであろうつれづれに、何か少しでも力になりたい。そう思って僕は急きょ仙台へ車で行くことにした。
それが僕のつれづれ初遠征、そして初めてのつれづれワンマンライブだった。
前物販で公演前のメンバーが直接売り子として立っていて買い物しながらお話できることも手作りの予約特典を受け取ることも、僕にとっては何もかもが初めてで、彼女たちが作るライブ空間のアットホームさに親しみをおぼえた。当時はまだスタッフに高木さんもいなかったし。(笑)

※もちろん高木さんにはたくさん感謝しているし、高木さんから攻撃されるのも嫌いじゃない。

翌日同じく仙台のタワレコで行われたリリイベにも参加して、帰りの車でつれづれを聴きながら、昨晩とついさっき目の前で歌ってくれていた彼女たちのことを思い出すと涙が止まらなかった。

その後つれづれは、はるばるカナダでのイベントに参加するために飛び立って行った。
さすがに急にカナダと言われても僕には到底無理だったので、僕は小町ちゃんに初めてお手紙を書いて渡して見送り、遠くの海の果てから見守ることしかできなかった。

あれはちょうど4年前の、1997年のゴールデンウイークのことだった。ゆくえしれずつれづれはそれまでの曲をノンストップMIXにまとめた1枚のCDを大阪・名古屋・そして東京で、メンバー自ら街頭に立ち、CDを無料配布していた。コドモメンタルという当時まだ名古屋拠点だった頃のレーベルの規模を考えれば間違いなく採算度外視のPR活動だった。そして無料CDを配るのは単に広報活動だけではなく、一人でも多くの人にゆくえしれずつれづれを知ってもらい、そしてライブに足を運んでほしいという大きな目的のためのCDだった。そしてそのライブというのも、渋谷WWWでの無料ワンマンライブ「pandemic tour」ファイナルという、これまた採算度外視の計画だった。当時のメンバーだった◎屋しだれも、子子子も、英艶奴も、そしてまれ・A・小町も、不特定多数の人前に立って声をかけることなどみんな苦手だった。

そんな彼女たちが街角でCDを配ってる姿は、まるで「マッチ売りの少女」のように時に痛ましくそして健気にも映り、僕はそれを受け取りに出かけたはずだったのだが、翌日には周りの群青と一緒になって声をかけてCD配布に協力をするために出かけた。僕だって街頭で声を出すのは苦手だった。

渋谷ハチ公前→原宿表参道→新宿タワレコ前広場と移動して回り、用意したCDの最後の1枚が無くなった時はもう日が暮れていた。集まってた群青みんなで拍手をした。あの時小町ちゃんから直接「ありがとう」と声をかけてもらえたことで、僕のすべての疲れが吹き飛んだ。

そしてつれづれはカナダへ飛び立ち、帰国後にpandemic tourファイナルが渋谷WWWで行われた。当時のつれづれとしては最大級の規模の箱だった。僕もまだ群青になって半年も経っていなかったけど、今日は見たことない人も観に来ているなあと思った。後日「無料CDをもらって聴いてみてかっこよかったので観に来ました」というツイートも見つけて嬉しかった。そしてあの日の「MISS SINS」は僕にとって一生忘れられない瞬間だった。それについてはまた今度書こうと思う。

それ以降も、VAJRAツアーでは全通など出来なかったものの、僕は長野松本や香川高松などつれづれにとって初めての土地を優先して遠征することを心掛けていた。

そして遂に僕もつれづれと沖縄を、そして台湾を一緒に過ごす夢を果たすことができた。
あの時のことは一生の宝物だしこれからもまだまだ夢はどこまでも広がってゆくものだと思っていた。

昨年11月の下北沢での緊急ワンマンにて、ゆくえしれずつれづれの解散が告げられた。
8月に出たアルバム「paradox soar」を聴いて彼女たちの満身創痍ぶりを感じてた僕は、解散の知らせに内心少しホッとしていた。いづれこうなると覚悟していたからだ。
その日の特典会の行列に並ぶ群青たちは皆、喪失感に茫然自失としていた。僕も全身の血の気が引いて立ちくらみを起こしたが、心の中ではついにこの時がきたかと冷静だった。

あの時つかっちーさんから「ラボさんこれからどう生きてゆきます?」と尋ねられた。
かつてつれづれのライブでつかっちーさんとは何度もモッシュでぶつかり合ったりもしたし、遡ること4週間前に同じ下北沢で行われたKAQRIYOの"前衛主義LABoratory 3.0"でもご一緒したつかっちーさんからの言葉に僕は、「‥‥そうだな、でも僕は別に"ライブ中毒"な人でもないし、ギターやプラモデルの趣味だってあるし、それしながらのんびり余生を過ごすだろうよ。でもKAQRIYOは好きだから、行けるところは気が向いたら行くつもり、またそこで会えたらいいね。」
そう言って下北沢を後にした。

そんな僕がどうしてこうなった!?
その経緯は当ブログの他の投稿を読んでいただければと思います。
ってどれも長いんだけど。

そんなことを思い出しながら、頭の中では「早くかくりよちゃんずに会いたいキュンキュン!」「名古屋へ来たときみたいに驚いてくれるかな?」「あーいぇー♪」「ロンドちゃんマジロンドちゃん!」と昂っているのだが、まだかくりよちゃんずには内緒にしておきたいので、Twitterに匂わせツイートもせずにこうしてコソコソと飛行機の機内(高度何千メートル)で下書きをしながら悶々としたリビドーを発散させてるのである。
会えたときにそれは爆発五郎、いや爆発するだろう。

悶々としていたら居眠りもせずに関空に着陸した。当初は関空からリムジンバスで和歌山駅へ行こうと考えてたが、ローカル線に乗っていこう。和歌山へはJR阪和線と南海本線があり、せっかくなのでより海沿いの南海にしようとも思ったが、待たずに乗れそうなJR阪和線で行くことにした。阪和線の車両は年季が入っており、都内近郊ではすっかり見なくなった窓枠に引っ掛けるスクリーンカーテンにテンションあがる。窓際のサッシも水平面になっていて、ポリ容器にティーバッグがぶら下がっているお茶や森永ハイソフトなんかを置きたくなるやつだ。車窓を流れる光景はどこか懐かしささえ感じる。初めて来た和歌山なのに。

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JR和歌山駅に到着した。県庁所在地の主要駅であるはずなのに‥‥という感覚、かつて福井や高松や前橋で感じたのに似ている。
しかも金曜平日のお昼前だったしこのご時世なので飲食店のシャッターも降りていて街を歩く人もまばら。
とりあえず和歌山ラーメンを食べよう。
西口から近いとあるお店の暖簾をくぐったのだが店員さんは厨房の奥にいて声をかけても聴こえていない様子。大声出して呼びつけるのも嫌だし別のお店を探す。
Googleの候補にあったここも美味しそうだったし店員さんがすぐに案内してくれた。
「こってり和歌山ラーメン」を注文したのだが、とろとろに煮込んだとんこつベースに甘めの大豆の香り立つ醤油を加えたスープが麺に絡みつく。舌触りは「こってり」の名に相応しいが臭みもしつこさもなかった。岡崎の八丁味噌にも少し似てるかな?って思った。

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腹ごしらえを済ませ、和歌山駅から路線バスで和歌山城へ行くことにした。初めての地での路線バスというのはなかなか難易度が高いのだが、これもまた冒険心をくすぐられる。千葉から横浜まで歩いたかくりよちゃんずのことを考えたら、僕にだって何かできそうな気がする。

バスを降りると和歌山城は街の真ん中にありビルの谷間からも天守閣が顔を覗かせたりしているお城(というか城を起点とした城下町が現在の和歌山市街) なのだが、城址公園に天守閣だけポツンと再建されてるのではなくその本丸へと続く入りくんだ坂道が何本もあり、小高い頂に天守閣と櫓(やぐら)とが白壁で連続している様は、艦橋や主砲や機銃や魚雷などが機能的に配置されている軍艦のようでもあるし、緑青色に風化した銅板瓦の屋根や、傾斜角が垂直ではなく荒々しい湾曲線を描く「野面積み」と呼ばれる石垣が広がってる様も迫力満点だ。僕は決してお城に詳しくはないのだけど、何ヵ所かのお城を実際に訪れてみると「あの時訪れたあの城とは違う」と気付く箇所がある。

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複数を見ることによって新たな発見ができるという面白さはラーメンやライブなどにも通ずるところがあるのかな。それもあってセトリを書き続けているのもある。
天守閣の最上階に昇り回廊を歩きながら和歌山の町並みと山陵と港と水平線を堪能する。
天守閣の見学を終えてどう下ろうか迷ってると、忍者風の格好をした現地ガイドさんが地図を渡して案内してくれた。
お土産やさんに立ち寄ると和歌山の「宝梅」を和歌山出身のL'Arc~en~Cielのhydeが推薦しているPOPがある。
そういえばギターのkenはダムマニアだったな。きっとダムも何ヵ所か訪れるうちにその魅力がわかるかもしれない。
そんなことを思いながら本日のメインイベントのClub Gateのある方角を目指し歩くアンシエル。

歩きすぎて南海電鉄の和歌山市駅まで辿り着いてしまった。こっちの駅はここ数年でリニューアルされたらしく、まるで京王線のように綺麗な駅舎があり、隣接する商業施設にはスタバとプロントが並んでいて、これでもかというくらいに平成令和していてどこか味気無い。しかしその中にロックスターファームというYOSHIKIのエナジードリンクみたいな名前の食料品店を見つける。
一見すると都会的な気取った雰囲気はあるものの、店内を巡るとその地域でしか売ってないものがたくさん並んでいる。空港などの土産物店よりも却ってローカル色を感じる。そういうところへ来るとだいたい僕は、その土地でしか買えないものや、メンバーの名前のついた商品を探してしまう習性がある。
やっぱり見つけてしまった。

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寄り道ってほんっとうに素晴らしいものですね。
(水野晴郎a.k.a.シベリア超特急)
本日予約してた宿を探す。和歌山市街は地図で把握していたイメージよりも広かった。しばらく歩いてると予約していたホテルが見えてきた。その界隈は「ぶらくり丁」と呼ばれるアーケード街が広がっていて、JR和歌山駅よりも南海和歌山市駅よりも商店・飲食店が密集しているいわゆる繁華街・歓楽街だ。車でこの界隈に来るのは容易だろうがJR駅からも南海駅からも歩くにはちょっと遠い。名古屋から栄、札幌からすすきの等のように地下鉄が通っているわけでもない。
今は半ば"シャッター商店街"になりつつあるが、それでもここが和歌山の夜の街として最も活気の残っている界隈なのだろう。

ホテルでチェックインを済ませ、さっき買ってきたデザートを部屋の冷蔵庫で冷やす。
待てよ?もしかしたら時短規制で晩ごはんにありつけなくなるかもしれない。ホテルの食事をとろうか迷ってたのでホテルのフロントで訊ねると近くにコンビニならありますがと言われるが、それじゃあ味気無い‥‥。
軽くシャワーを浴びてホテルの向かいの百貨店の惣菜売り場で和歌山名物の鯨の竜田揚げと早なれ寿司とハイボールを買ってきてそれも冷蔵庫に。これで夜も和歌山気分が約束された。
改めて本日のライブの予約メールを確認する。てっきり整理番号8番くらいだったかなと思っていたが4番だと知って俄然テンションあげあげでClub Gateへ向かう。

Club Gateはぶらくり丁の界隈の隅を流れる小さな川を渡った一本裏通りにあった。その古びた界隈とは似つかない様相は、まるで街の小さな現代美術館といった佇まいだった。
しかしもうすぐ開場なのにYOMIBITOさんは数えるほどしかいない。そりゃそうだ平日だもの。しかも明日は大阪だから大阪に来られる人は大阪だけ予定している人が多いと思う。和歌山在住のYOMIBITOさんでも平日仕事の人はそうするだろう。地元の学生さんでも増えてくれればいいのだけどね。

しかしそれだからこそ、僕はこの和歌山に来ようと決めていた。たとえ大阪に行けないとしても。でもかくりよちゃんずに「明日の大阪も来るんでしょ?」「なんで来られないの?」って言われるだろうからもちろん大阪へも行く予定で来た。
上述したつれづれの初めての東北地方の仙台enn3rdへ行くときに思った「彼女たちが心細く思ってるかもしれない」というあの頃の気持ちに同じく、少しでも力になれるのならばという気持ちで。

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スタッフの伊津さんとEiseiさんがすぐ近くのコンビニから戻ってきた。両手に計4本のポカリスエットを抱えてる。
「あれーっ?ラボさんなんでいるんですかー?」と伊津さん。
「予約メールで把握してるくせにぃw でもみんなにはまだ内緒ですよ?」
開演して彼女たちがステージ上から僕の姿に気づいて驚く瞬間を見たい。
それが僕の描いていた青写真だった。

検温してチケット+D代を払いフロアに入る。
外観から想像していたよりも広く、天井も高い。
しかしまだお客さんは少ない‥‥
でもこんな時だからこそ、今日KAQRIYOを観に和歌山まできたYOMIBITOさんに対してはいつも以上に親近感というか仲間意識みたいなのを勝手に感じ、普段他の大人数で賑わう箱で見かけても人見知りのまま話せずにいた人とも軽く挨拶したり話もできた。
きっと向こうも僕のこと「最近KAQRIYO現場で見かけるようになった、たしかあの人群青だったよな‥。」なんて思っていたことだろう。

この新奇懐古周遊弐千弐壱真世界が始まる前日のリーダー心鞠游の言葉を思い出す。僕もそろそろ「アウェー感」だなんて思うのはヤメにしよう。

開演前物販であらかじめチェキ券などを購入する。
すると近くから賑やかな黄色い声が聴こえてくる。物販ブースの飛沫防止ビニールシートの柱にタブレット端末が固定されてて、そのモニタ画面がかくりよちゃんずの楽屋を中継している。「今回のツアーの途中から導入された新しい試み」とは、このことだったのである。
前に並んで購入してる人がモニタ越しでかくりよちゃんずと会話をしている。そして僕の順番になったのだがモニタの隅にはワイプ画面でこちら側が映ってる。あれっ?カメラどこ?って"スターどっきりマル秘報告"の芸能人ではないが動揺している間にマロに「あっ!ラボさん来てる!!ほら!」と見つかってしまった‥‥。
うわぁぁぁあー、僕が描いていた青写真は脆く儚く崩れ落ちてしまったのである。
するとロンドちゃんが身を乗り出して「あ、ほんとだ。ねぇー!ラボさーん!ねぇー!ねぇー!」と呼び掛けてくる。
まるでなついてくる猫のようで可愛いったらありゃしない。
(水谷豊←「相棒」の右京さんとして定着する以前のジグザグ気取ってた頃の水谷さん)
(キーボード奏者の水谷さんじゃなくて)
伊津さん今の映像録画してなかったんですか!?ちょっと!可愛すぎるんですけど!

以降は全員から「え~!?もう一枚買ってよ~。」などの猛攻撃を喰らう。前に並んでた人よりも僕は多く買ってるはずなのに前の人に対しては「ありがとう~!」なのに対し、僕に対してはプンスカプンなのである。なんだかこの光景懐かしいな。しかしかくりよちゃんずからこんなに攻撃されたのは初めてだった。でも彼女たちが楽しそうにしててくれて僕も嬉しかった。
バーカウンターでドリンクを受け取って飲みながら待ってても相変わらずお客さんはなかなか増えない。
今日も最前列の上手側が端から2番目が空いてたのでまたそこから観ようかなと思ったが、このツアー始まってからずっと上手側だったし、や、や、やっぱり今日は下手側で観るわ。と最前列最下手にスタンバイした。WWWでのBipropagandaの時と同じ場所だね。

開演時刻ギリギリになってようやくお客さんも増えてきたのでフロアのBGMがボリュームを上げた。

最初に心鞠游がDJブースに構え、季・ロンド・マロの順に並んだ。

1曲目はOriginal Satireだった。さっそく目の前の季が僕を見つけてくれ、安堵に満ちたお顔をしている。僕はもはや、驚かせたかったというトリッキーな気持ちよりも率直に嬉しい気持ちの方が大きかった。この日の”オリサー”は、TERROR後になってからおなじみとなった間奏のinterlude(←意味重複?)が長いver.ではなくメンバーの煽りも入らず、いわゆる旧ver.のArchitect時の構成で疾走していった。
今日のフロアは広く天井も高いし、また僕は端っこにいるので、思う存分腕を伸ばすことができる。「小島よしお」が気持ちよかったピィ~ヤ♪

息次ぐ間もなく鬼乃狗摩音頭へと続く。
ブリッジからラスサビに入る手前の「黄泉の国からッ」のところでロンドが心鞠・季・マロに波動を喰らわせ、そしてロンドがみんなから波動を返される振り付けもまたドラムと合ってて楽しいし、この最前列最下手からはモニタースピーカーが目の前にそびえ立っていて、特にスネアの中高域がバシバシと身体に刺さってくるようだった。場合によっては耳栓推奨な状況だろうが、この高音域の疾走感を味わいたいのなら、やはり生耳で感じた方がいい。

エロスのポーズで摩訶不思議ズムと、冒頭から飛ばしてくるのでステージに釘付けになり、早くもセトリが書けなくなりそう。
赤い照明に照らされて逆光で揺れる心鞠游ちゃんのシルエットが妖艶だったのが印象的だった。今日の游ちゃんのハーフツインは和歌山にちなんで、おなじみの”目線入りパンダ”の髪飾りで彩られていた。

そしてうすうすからHuman flyへと、まるで「幽世の世界」しか知らなかった人たちを「KAQRIYOの世界」にいざなう様だった。このツアーは「新奇懐古」と謳っているように、マロの復帰と共にまた久しぶりに現場に足を運ぼうと思い立ったマロのファンもいるはずだから、そんな人たちにとって初めてのKAQRIYOTERRORを楽しんでもらおう、そしてまた、大阪へはちょっと遠いなと感じていた地元和歌山のYOMIBITOさんにも初めてKAQRIYOのライブを体験してもらおう。そんな意欲的なセトリに感じられた。

下手側からHuman flyを観ていると、サビで親指人差し指を立て両手をゆっくり突き上げていく時の、マロがリズムに合わせてうんうんと小首を頷けながらドヤ顔してるのが、なんだかフロアを見守る菩薩様のようで神々しく思えてくる。ひょっとして西変の京都と奈良で憑依した?って思ったほど。
そう言った意味では京都も行きたかったな。

最近はYouTubeやサブスクの影響で海外からKAQRIYOに興味を持つ人も増えているそうだ。
僕はそのKAQRIYOの世界観を、幽世の時代からだけどジャパネスクすなわち外国人の目線から見た意識したものだと思っていて、リアルな日本を少しデフォルメした世界、YMOや映画ブレードランナーなどで描かれる世界のようなもの、すなわち「いい意味でインチキくさく描かれた日本」像を感じている。ダウンタウンが坂本龍一と共にゲイシャガールズというユニットを作って歌っていたことなども思い出す。

幽世の初期の衣装にそのジャパネスクは色濃く反映されていたと思う。現在の衣装は動きやすさも考慮されていておかげでダンスで魅せるKAQRIYOという要素が強まり、その反面ジャパネスク要素は薄まったものの、やはり他のアイドル達の衣装と比べると振り袖・着物・チャイナドレス・アオザイといったアジアンテイストをミクスチャーしているのが分かる。

そんな"黄金の国ジパング"に対して好奇心を抱いている外国人が初めて日本を訪れて京都観光したのち、夜はKAQRIYOTERRORのライブを堪能する。
なんて最高なクールジャパンだろう。
このご時世なもので、それもしばらくおあずけだけど。
でも中止となってしまった昨年の台湾やイタリアのイベントが実現していたならば、そんなクールジャパンも生まれていたことだろう。

今回はアイデンティティークライシスを久しぶりに下手側の端から観ていたのだが、ここにいても游ちゃんたちから指差しロックオンされた。ほんとかくりよちゃんずはフロアの隅までよく見ているのが伝わってくる。いつかやがてキャパの大きな箱のステージに立つようになると、フロアの観客が「大群=mass」というひと塊に見えるようになるかもしれない。その一人一人を確認することは物理的に難しいだろう。

僕は僕自身という存在を「プラスチックトレーに詰められたパック入りのシラスのうちの、スプーンで掬いきれずにトレーの溝に埋もれて潰れたまま洗い流されて捨てられるシラス」だと思っている。皆が等しく掬われる為にはトレーを平滑にしなければならない。しかしそれだと店頭に並べたり買って帰る際に中身が偏ってしまう。なのでそれを防ぐためにトレーの底は溝状にできていて、溝に埋もれたシラスたちが滑り止めの役割を果たしている。シラスに限った話ではないけどしかしそういう一粒一粒にもそれぞれ命があるんだということだけは忘れたくないし、忘れないでいてほしい。

Drying Party?の落ちサビで後ろ向いて踊る心鞠游ちゃんの動きが印象的だった。他の曲では腰をくねくねお尻ふりふりして「巨乳(自称)」というコンプレックスを補完して有り余るほどのセクシーさをアピールしているのだが、このDrying~?の游ちゃんの無機質な動きはまるで上から糸で吊られたマリオネットの様で、KAQRIYOがまるで、サーカスの見世物小屋をグロテスクに描く丸尾末広の「少女椿」のような世界を表現してるように思えた。

そして曲が終わるとパーン!と銃声が、Club Gateの高い天井を突き破るように鳴り響き、四人はステージに倒れてしまう。唐突に訪れる死。そこからHybrid TABOOのイントロが流れ、一人ずつその場から這うように立ち上がって歌が始まったのだが、前回僕はHybrid TABOOを観てその躍りがまるでゾンビのようだと書いた。今日聴こえたこの銃声が彼女たちを死者たらしめているのかなと、妙に納得してしまった。こういったミュージカル的な演出って珍しいよね。
でも「禁忌がTABOO」なんだし、こういうのも時々あるともっと楽しいし、そこでしか観られないKAQRIYOというのもまたいい思い出になると思う。

この日のTherefore?は照明が印象的だった。いつもライブの照明といったら青や赤や橙そして黄白色が多い印象だが珍しく黄緑色の照明がこのサイケな曲を毒々しく彩っていて、ノア・ロンドの歌がいつもと様子が違い、目を見開いていつもより巻き舌に絶唱に近い声で歌い上げ、四人が四様に悶え苦しむchaos感でみなぎっていた。

Thereforeに続くHide and Seekも、先の東変を通じて僕の中で何かが変わり始めた曲。ちょうど僕の目の前に立ち「意味なんてなくっても君振り向かせたいの」と歌うロンドの姿に胸が締め付けられるようだった。
今までの僕はまるで取り憑かれたように盲目なまでに一点を見つめていた。君の声に気づかないふりさえもしていた。それでも聴こえてくる君の声をひとつも聴き逃したくないと思い始めたのはいつ頃からだっただろう。それがいつだった話ももはや意味なんてないだろう。
振り向いた先に君がいる。
君の声を聴きたいがため、君のいる場所を目指してここ和歌山へ来た。
君には内緒で。
そんな僕の"かくれんぼ"は、君に見つかってしまった。今度は僕が鬼になる番ね。

そこから続くユビキリゲンマンで目の前にいるかくりよちゃんずに小指を差し出していると、まるで子供の頃に戻ったような気持ちになる。まぁ今でも気持ちは大人になりきれずにいるのだが。しかしそこを僕はあえて「メンタルはコドモのままだ」とは書かない。
創る側からしてみればKAQRIYOTERRORの詞世界にもその「コドモのメンタル」を載せてプロダクトしたいのであろう意図は伝わってくる。それは「かごめかごめ」などにも如実に現れていると思う。
しかし僕は抗うことを善として異端であり続け、ダサくてキモくてそしてまがい物でありながら、その掌の上で気ままに猫のように遊んでいたい気持ちでいる。あくまでも音楽は人それぞれ感じ方が違うものだし、僕はその世界の中で「優等生」なんかにはなりたくない。

学校という「大人が決めたルール」に反抗して髪を染めてオートバイ改造して、その群れの中で縦社会に従属するという無自覚の自己矛盾を抱えながらアウトロー気取って、「昔は俺もヤンチャしてさー」などというテンプレート通りの台詞を吐くのは僕の性分に合わない。
そこから逃げるようにロックという「はみ出し者たちの音楽」に片足踏み入れても、やはりそこにも「規範となるカタチ」があって「優等生」がいて、結局僕もロックというものに絶望した。
しかしそこに絶望したからこそ、本当に僕の好きなものが見えるようになった。と思っている。
って、もしここでLike a Fakeがセトリに入ってたならば、それは完璧な「俺得セトリ」だっただろうが、それは都合が良すぎる。脳内で留めておこう。

そんな気持ちでPersona_を聴いている。今日のPersona_を聴いている僕の中には今まで朧気に感じていた後ろめたさのようなものはなく、踊る彼女たちの美しさとメロディーの美しさをただ無心に預けていたい。ただそんな気持ちで観ていた。
「ただ君に ただ君だけ」とリフレインしながら。

The Forbidden musterbatingはイントロなどのシャウトも気持ちいいし、「こちらテロル警察」のところでは彼女達に精一杯の敬意を込めて敬礼をした。そして「れぺぜんKAQRIYO」のマロが印象的だった。「れぺぜん○○」とは「Represent ○○」が訛ったスラング的なもので「○○代表」という意味だが、その「KAQRIYO代表」としてのマロが誇らしげだった。改めて歌詞カードを見比べると、かつてのシングル盤では「れぺぜん幽世」と表記してある。しかしこの時のマロの発音は完全にアルファベットを発音していた。この曲はミルクさん作詞でタイトルにもある通り、エロ・グロ・ナンセンスが散りばめられているのだが、それでも「だけどプラトニック」の一言こそがこの歌の「肝」だと僕は思う。
そしてロンドにとって初めての曲であるlilithpride、マロにとっての初めてのKAQRIYOTERRORの曲であるdécadenceで「新奇」と「懐古」とが邂逅し本編が幕を閉じた。


アンコールではAvant-gardE、かごめかごめ、BWGと、いずれも疾走感ある曲ばかりで、本編初盤の曲達からずっと疾走してたかのような印象が残る。僕が観たことのあるKAQRIYO(幽世含む)の中で、最も疾走感に溢れたまま突っ走ったライブだったと思う。冒頭で書いたとおり、この和歌山へ来るまでに過去のレポなど「心の宿題」を済ませて来たからこそ、このスピードに乗れた。そんな達成感があった。

#KAQRIYOTERROR 新奇懐古周遊弐千弐壱真世界 西変 20210423 @和歌山Club Gate

DJ;心鞠
季・ロ・マ

1.Original Satire
2.鬼乃狗摩音頭
3.摩訶不思議ズム
4.うすうす
→Human fly
6.アイデンティティークライシス
7.Drying Party?
8.Hybrid TABOO
9.Therefore?
10 .Hide and Seek
11.ユビキリゲンマン
12.Persona_
13.The Forbidden musterbating
14.lilithpride
15.décadence

en
DJ;ロンド
マ・游・季

16.Avant-gardE
17.かごめかごめ
18.BWG


観客はいったんフロアから退場し、特典会の準備ができるのを待つ。たまたま僕はフロア入り口に近いところの椅子に腰をかけて、腕をまくって今日のセトリの確認をしていたのだが、そしたら僕が「鍵開け」をすることになってしまった。

どんなポーズで撮ろうか、みんなと何を話そうか、相変わらずよく考えていない。「心の準備がががが・・・」って焦っていると囲みチェキ撮る場所から四人が揃ってこっちを手招いている。これが「鍵開け」の醍醐味ってやつか。「マロね、今日ラボさんが和歌山来るって予感してたんだ。」「なんか僕そんなツイートしてたっけ??」と、すっとぼけてみせる。「うぅん。でもみんな『まさかラボさん来ないよー』って言ってたけど、マロはなんか分からないけど『ラボさん来る!』って。」「和歌山来るとき車の中で、うちらそんな話してたんだよね。マロすごいじゃん!」
僕が悶々と沈黙している間、彼女たちの間で僕という存在を思い浮かべてくれていたことが何よりも照れくさくて、そして嬉しかった。

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実は和歌山に到着して僕はどうしてもこの喜びを抑えきれずに直後に「匂わせツイート」をしていたのだが、誰もそれには気づいていなかったようなのでここで「種明かし」をしよう。

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お分かりいただけただろうか。

キイハンター

紀伊半島er

お、お分かりいただけただろうか。
(冷や汗)

今日みたいな日はまだまだたくさんチェキ撮りたい気持ちだけど、また明日もみんなに会えるしループはできないし…この余韻が鮮やかなうちにclub gateを出た。すっかり暗くなった「ぶらくり横丁」はところどころ飲食店が灯っていて換気対策で開いている窓の奥から声が聞こえてくる。最近流行りのバルという雰囲気は僕は苦手なので、なんか雰囲気の良さそうな沖縄料理店を見つけた。和歌山まで来て何故か沖縄。

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時間も時間なので、お客さんはカウンターに地元の常連らしきおじさんと、僕だけ。ブルーの紅型染めのかりゆし姿のおかみさんが一人で切り盛りしているので注文ができるまで多少時間がかかるのだが、騒がしくなくて居心地がいい。オリオンビール飲みながらセトリとチェキを振り返る。#ロンドともぐもぐ、游ちゃんともすもてゃんともマロとももぐもぐして、まだのんびり過ごせそうなお店だったけど、そろそろ閉店の支度もあるだろうし、ホテルにおつまみもあるんだった。ごちそうさまでした。

ホテルに戻り、今まで着てた”戦闘服”(ツアT)などを6階のコインランドリーに預け、浴衣に着替えて晩酌としけこんだ。さっきまでいたライブハウスから徒歩圏内の部屋でくつろぎながら、かくりよちゃんずのライブ終了報告のツイートを読んでると、ああ同じ星空の下にいるんだなと思う。どんなに離れた場所に居ても同じ星空の下なんだけどさ。リプを打ってる途中で寝落ちしてしまった。

早朝に目覚めたら枕元に昨夜のチェキが。まだ夢から覚められそうにない。そうだレポを書こうかな‥‥ところが何故だか記憶は鮮やかなはずなのに楽しかった~しか語彙がでてこない。まだ寝ぼけている。

さあ、今日は和歌山から大阪までどう行こうか。アドベンチャーワールドまで行くにはちょっと遠い。とりあえず朝食を食べながら考えよう…などと思いながら部屋でしばらくマターリしていた。朝食なにを食べるかも決めてなかったのである。

JR和歌山駅近くに朝から営業している食堂がある。実は昨日和歌山ラーメンを食べる候補地のうちの一つでもあったお店だ。チェックアウトを済ませ、ホテルから歩いて1分のバス停から和歌山駅へ向かう。

そのお店がある東口は、昨日降りた西口よりももっと閑散としている。西口にはバス乗り場がいくつも並んでいるのに対し、東口はタクシー乗り場や駐輪場がある。歩いて数分にその食堂はあった。

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この「ねぼけ食堂」は、ご年配の夫婦がもう何十年も毎日7:00から夜遅くまで営業しているお店だそうで、平日はこれからお仕事の人たちの朝食処にもなっているようだが、今日は土曜日だし朝食と昼食の間だったので、客は僕一人だった。このねぼけ食堂は”茶がゆ”が食べられることで有名だそうだが、僕は”和歌山ラーメン”を注文した。昨日のこってり和歌山ラーメンとはうって変わって、とんこつベースなのにあっさり優しい味で、お醤油に甘みを感じるのは共通していた。おかみさんは「今はみんな”和歌山ラーメン”って呼ぶけど、昔はこれを”中華そば”と呼んでいたのよ。昔からずっとこの味。」と話してくれた。やはり食べ比べてみてこそ分かるものだなと思った。お店の中には、猫の「たま駅長」が人気となって町おこしをした貴志川線のポスターが貼ってある。

「そうだ、貴志行こう。」

どっかの鉄道会社の広告コピーさながら、ちょうどJR東口側に併設してある和歌山電鐡の貴志川線に乗ることに決めた。PASMOで改札を通った直後、あれっ?って気づく。駅員さんに訊ねると貴志川線は無人改札なのでICカード使えませんとのことで、いったん払い戻し処理をしてお得な”一日乗車切符”を購入する。

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この貴志川線は色とりどりの意匠の車輌があり、僕が乗ったのは白/緑のJSPCA(日本動物愛護協会)の車輌だった。和歌山駅から終点の貴志駅まではおよそ1時間で、この車輌もなかなか古いものではあるが標高のある貴志までの勾配を力強く走って行った。進むにつれて家屋は徐々に減り、山と畑が増えてきた。この界隈の畑ではいまだに”野焼き”が行われてて車窓から懐かしい匂いがする。2両編成のこの車輌は途中駅から僕一人の”貸し切り状態”になってしまった。

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終点の貴志駅に独り降りる。駅舎は「たま駅長」が人気になって以降に、猫の顔のような茅葺き風に改築されたものだ。その「たま駅長」はお星様になっていて現在は二代目の「ニタマ」が駅長を務めている。

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お昼寝中のこのおまんじゅうを観察していると、人間の駅員さんと目が合う。「あの、そっち側から見てもいいですか?」お土産売り場の方に廻るとニタマ駅長は起きていました。おみやげにハンカチを買い、次の電車が来るまで駅周辺を散策しよう。今ちょうどイチゴ狩りもできるけど大阪に間に合わないかもしれない。すると目の前の商店にソフトクリームの看板が。

そこは商店というよりも地元民のコミュニティの場みたいで、数人のお年寄りがくつろいでいる。「ソフトクリームの桃のください。」外国人か何かを見るように「あっ、白桃のですね。少々お待ちくださいね。」と。旬のイチゴまで乗っけてくれたのだがヘタのついたままのイチゴを…田舎だなあ。とちょっぴり和んだ。

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せっかくなのでソフトクリームŧ‹"(๑´ڡ`๑)ŧ‹"しながら周辺の貯水池の散歩がてら隣の甘露寺駅まで歩くことにした。甘露寺駅にはその甘ぁ~い響きゆえか、無人のホームに「恋占いおみくじ」ガチャが置いてあり、そばの金網には引いたおみくじがたくさん結び付けられていた。だいたいこういうもん引いたら僕はバカみたいに解釈して浮かれるバカなので、引くのは自粛した。好きなのは好き。好きだから会いに行く。それでいい。

再び和歌山駅に戻り、JR阪和線で大阪へ向かった。大阪へは何度も行ってるし今日このあとまたかくりよちゃんずに会えるのが楽しみだが、後ろ向きのシートに座り車窓から遠ざかってゆく和歌山が名残惜しかった。お店やら何やらでいろんな人に親切にしてもらったな。
ありがとう和歌山。
阪和線でなんばまで来られるかな?って思ってたら電車は天王寺からそのまま大阪環状線乗り入れになってしまったので、いったん天王寺まで戻り、そこから御堂筋線へ乗り換える。

改札を出ると大きな声をあげているおっちゃんがいる。チャック全開で何ぬかしとんねん。そそくさと逃げるように階段を下りて御堂筋線で心斎橋まで。百貨店やブランドショップの谷間に居ると心斎橋からアメ村への方向感覚が分からんくなる。高速道路が架かってるのが見えれば三角公園はもうすぐや。こないだ来られへんかったCircus OSAKAの時にメンバーが食べてた甲賀流のネギポンを買い、二階のイートインで食べる。僕の他には一組のアベックしかおらん。下界の喧騒が信じられないほどにゆったり過ごせる穴場だ。ときどきドヤった車の吹かす音が聴こえてくるけど。

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開場時刻が近づいてきたので北堀江まで歩く。アメ村が原宿竹下通りだとすれば、北堀江はまるで裏原宿や代官山のようにハイセンス(死語)な雰囲気を漂わせている。ヘアーサロゥンとカッッフェが異様に多く、アパレルショョップもワゴンヌ陳列をしていない。

背後から声をかけられる。「あのー、絵とか別に買うつもり無いんで」と答える間もなく、振り返ると群青さん(かえでくん)だった。
久しぶりの再会を喜び合い二人でclub visionまで歩いてると近くのコンビニ前の駐車場につかっちーさんがいた。あの時「ラボさんこれからどう生きてゆきます?」と尋ねてきたつかっちーさんが。「昨日ツイッター見てたら、和歌山に珍しい人来てるなぁって。」そう、僕はここで生きている。
つのる話をしながら乾杯していると、他にもYOMIBITOさんたちが集まってきた。
そういえば整理番号8番は、そうだここ北堀江のだった。って僕は列へ急いだ。

今回は既に下手側が埋まってたので、また最前列の上手側から観ることにした。このclub visionのステージは1m近くもあり、僕が今までつれづれやKAQRIYOで観てきた規模のライブハウスの中では渋谷Cycloneか此処かってくらいにステージが高い部類に入る。その最前列からステージを見上げるのは壮観でもあるが、もしかしたらここはメンバーの目線からすれば「死角」になるかもしれないな。昨日の和歌山と比べると土曜日ということもあり西変ファイナルということもあり、やはり賑やかだ。
開演前物販でモニタ越しにメンバーたちとプンスカプーンのキャッキャウフフする。

本日のDJは季で、游・ロンド・マロが前方に並ぶとかごめかごめが流れた。
昨日の和歌山に引き続き勢いのいいスタートだった。「KAQRIYO捨てろネジアバヨ」のロンドと「誰が手にした偽栄誉」のマロとのコンビネーションがたまらなくかっこよかった。そしてそこから鬼乃狗摩音頭へと走り続ける様は昨日の疲れなど感じさせないものであった。そしてなんちゃらバブルスと、昨日とは少し変化球で攻めてくる。なんちゃら~はBメロの、手のひらパタパタ振りながらの横移動の振り付けの特に游ちゃんがかわいい。

珍しく早いうちに披露されたPersona_だった。Persona_はいつも、ストップモーションから一人ずつ動き始める振り付けがかっこいい。あの部分のドラムのフィルがまた気持ちいいんだよな。そして動いたのち再びブレイク入れて左へ右へ体を傾けるところもまた好き。
そこからはBWG、Drying Party?、Avant-gardEとゴリゴリした曲が続く。昨日の和歌山の疾走感に対し、今日の大阪は重厚感が印象深い。

Hide and SeekはBメロの「真摯に向き合うは音の鳴る方 純潔、捧げる覚悟」のロンドの歌声が伸び伸びと響き渡っていたのが印象的だった。

Hybrid TABOOの間奏あたりでは、乱れ髪のまま歌ってる季がとてもかっこよかった。その淡い桃色の髪が照明に照らされる様もさることながら、愛嬌を振り撒くことを忘れるくらいに無我夢中に踊っている季のその表情が、たまらなくセクシーだった。
後ろを向いた瞬間ふいに髪を掻き上げ振り返ってこちらを見てきた彼女は、愛嬌でいっぱいのすもてゃんに戻っていた。どっちも好きだよ。

décadenceからアイデンティティークライシスのイントロに差し掛かるところでロンドが煽りを入れてくる。もっとちょーだい。
中指立てた後の「とは言え」のマロのシャウトがとても爆発力あって気持ちがよかった。だんすたいむ、だんすたいむ、、

続くOriginal Satireは、昨日の"Mixing.ver"(Architect ver.)とは違って今日は最近おなじみのinterlude長めの"Mixture.ver"(TERROR ver.)で季が煽りを入れてくる。この2日間の"オリサー"を両方聴けただけでも「新奇懐古」を堪能できたと言っても過言ではない。
大阪のYOMIBITOさん、昨日もお仕事早退して和歌山まで観に来た方がよかったですよー(悪魔のささやき)

カクリヨ奇想曲は、やはり僕が一番好きな曲なのだろう。なのでイントロが流れた瞬間のフォーメーションから何から焼きつけておきたい。今の4人のライブ映像欲しいなー。ってここで訴える。(伊津さんにもリクエストしてるけど)
下手側から、ロンド・季・マロ・游の順番で真上から見ると、ちょうど「へ」の字の形になってて季が2歩マロが1歩後方に下がる形をしていて、3人の時・5人の時の名残なのだろう、それまで奇数のメンバーで織り成していたシンメトリーな「∧」はアシンメトリーな「へ」に変わっているが、僕はこのアシンメトリーもまた美しいと思う。
イントロのスラッシュギターが1本から2本に重なるときに四人が腕を振り回す様が美しい。もうこの曲でしかもファイナルで僕がまたエモくなって涙するのは自分でも分かりきっているので、もう無心で観ることにしよう。
そう思ってるとこの振り付けがまたギターの音の獰猛さに反比例するかのように綺麗で美しくて、「夜明け前の不確かな時間」から続くリーダー心鞠游の長尺のソロパート、「もう逃げないと誓った」から四人で順にパートをつないでいくところは四人それぞれとしても、KAQRIYOTERRORとしても「尊く」、その後四人で輪になって手のひらを重ね合わせるところでまた涙が止まらなくなるのである。
東変での様々な思い出のページたちと、西変で和歌山とこの大阪の二日間をKAQRIYOと過ごしてきたことがこの瞬間に集約されてるように思えた。

───ユビキリゲンマンが流れるたびに僕はMVに出演していた彼女のことを思い出し、いつも彼女のことを思い浮かべながら小指を差し出している。

───今僕は目の前に立っている彼女に小指を差し出している。互いに小指を差し出してくる彼女の髪が風に揺れ、照明は彼女の髪を青く照らす。
喉の奥がひりひりと痛む。
呼吸をすると千の棘が突き刺さる感覚をおぼえる。ふと首筋に指をあてると指先に血の匂いを感じる。僕は血塗れになったその小指を彼女に差し出している。
もがき苦しむ現世は限りの無い地獄か、それとも此処が最後の地獄か。 僕が見た幻。
照明が消えてもなお、
彼女の髪は青く揺れている。

そんな余韻に覆い被さる様に、まさかかごめかごめ!?のラスサビにトラックが繋がっていった。
そして「何が恐怖、人間の性です。」と締めくくった。まるで今の僕を見透かすようだった。
ラスサビのみだったものの、初手かごめからのかごめ締めという構成もまた珍しい。

───
新宿LOFTでのコドメンまつりで、のなめらと个喆の二人での幽世テロルArchitectのデビューを憶えている。それはとてもふわふわとしたわたあめのようなステージで、「いろはにコラージュ」の1曲だけで終わった。コドメンってこういうことしたかったんだ‥って意外に思ってたら数日後に「かごめかごめ」という新曲が発表された。そのタイトルから牧歌的な童謡ソングを思い浮かべたが、そのイントロを聴いた瞬間に裏切られた(もちろんいい意味で)。
コドモメンタルの「ティーザー戦略」に"してやられた"のである。いわゆる「羊の皮を被った狼」というやつだ。そしてMV公開と同時にヤマコマロが加入した3人での幽世テロルArchitectの実質的なデビュー曲は「かごめかごめ」であるというのが僕の認識。

SPEEDの1stアルバム『Starting Over』は1曲目「Walk this way」から始まり「Body & Soul」や「STEADY」が続き、最後に表題曲「Starting Over」というスケール感あるバラードで締め括られるはずがテンポを上げ「Starting Over(reprise)~Walk This Way」で本当の締めくくりとなり、その「終わりは始まり」という歌詞と共に1曲目に繋がってゆく。極私的な音楽体験に基づく話だが、そんなかごめで始まりかごめで締め括ったこの異例なセトリに、僕はSPEEDの「Starting Over」に通ずる「輪廻転生」観を感じ、"新奇懐古~真世界"の西変ファイナルにふさわしい──東変ファイナルのアンコールともまた違った趣が感じられた。──KAQRIYOTERRORがまたここから歩き始めるという意志を感じられるセットリストだったと思う。


アンコールのクラップが鳴り響く中、ステージのDJブースにロンドが現れると、その前にマロ、季、そして最前に心鞠が縦一列にフォーメーションを組む。今日もみんなツアTを着ている。始まった曲はSOSだった。
今までもSOSが始まると謎の昂りがフロアに沸き起こっていたのだが、この曲は意外と振り付けはフリーで歌を聴かせることに重きを置いている感じがする。特にこの日は季の高音がみなぎっていたのが印象的だった。そしてまた間奏でのロンドの呻き声が堪らない。


続いては摩訶不思議ズム。イントロでマロが親指人差し指中指を伸ばしてエロスのポーズをフロアに示すこの光景。摩訶不思議ズムはほぼ全てのライブで披露されてるから見慣れてくるたびにますます親しみが湧いてくる。
今日もまた僕は最前列の上手側から観てるので、「お慕いしてます大和撫子系?」でおすまし顔になるロンドが近くで観られるキャー!ってテンション上げてたのだが、今日のステージは高すぎてその表情はよく見えないかもしれない。
ところがなんとロンドちゃんは腰を下ろしステージの縁(へり)にちょこんと座ってきたのである。ちょっとそういう演出アリぃぃぃ!?
まるで「灯台もと暗し」の如く死角に位置していたはずの僕の側からは、彼女が遠くを照らすものとしてそびえ立っているものだろうと思っていたが、しかしその"灯り"は、まるで僕のことを照らしてくれているようだった。
眩しすぎて目が眩みそうだった。

──僕は車のテールランプの光る様を観察するのが好きだ。夜間になるとヘッドライトと連動して点灯したままのテールランプの赤い光とブレーキを踏んだ時に点灯するブレーキランプが別の光り方をする。昔の車と比べるとLEDなどでかなり凝った意匠のものも多い。カタカナやアルファベットに似てたりドーナツリングみたいだったり。しかし信号待ちでそれをじっくり凝視していると、走り出した後もその残像が網膜の裏でちらちらと泳いで漂ってしまい、運転に支障をきたすことさえあるのだ。

たとえもしこのステージに目が眩みすぎてそのあとしばらく何も見えなくなったとしても、視界を失ったとしても、最後に瞼に焼き付いた光景がこのロンドちゃんの姿だったならば後悔はないとさえ思えた。
そんな鮮やかな残像はレイヤードのままに、サビで一緒に踊ったりエロスのポーズでぴょんぴょん跳び跳ねていたらお腹がすいてきた。脳内快楽物質を分泌しすぎた。せんきゅ。

そしてlilithprideがはじまった。その誇りの拳を胸の心臓の近くに当てながらこの西変を有終の美で飾ろう。東変ファイナルの横浜の時は僕は最前列のやや上手側だったので愛しのロンドと拳が重なり合った瞬間が忘れられない。今日のlilithprideのクライマックスで最上手側の僕の目の前に立っていたのはマロだった。マロはそういうアクションを取るときに小さく頷く仕草をよくするのだが、僕はそれが好きだ。西変のファイナルでマロと拳を重ね合わせられたことも、僕にとってはとても意義深く忘れられない瞬間だった。

#KAQRIYOTERROR 新奇懐古周遊弐千弐壱真世界 西変 20210424 final @北堀江club vision

DJ;季
游・ロ・マ

1.かごめかごめ
2.鬼乃狗摩音頭
3.なんちゃらバブルス
4.Persona_
5.BWG
6.Drying Party?
7.Avant-gardE
8.Hide and Seek
9.Hybrid TABOO
10 .décadence
11.アイデンティティークライシス
12.Original Satire
13.カクリヨ奇想曲
14.ユビキリゲンマン
→かごめかごめ

en
DJ;ロンド

マロ


16.SOS
17.摩訶不思議ズム
18.lilithpride

アンコールも終えて、最初は游ちゃんが切り出してメンバーひとりひとりからMCを。「マロと一緒になって初めての土地にも行けてそこで初めて観に来てくれた人にも出会えて、悔しいこともあって涙したこともあったけど、4人でいろいろ考えて意見を出し合って、この2週間という短かい期間だったけどとても濃く、そして成長できたかな、これからもっともっと成長していきます。」一字一句は憶えておらず4人の趣旨をまとめてしまうとこんな感じだったが、4人それぞれがそれぞれ自身の言葉で語ってくれました。Bipropagandaの時もすもてゃんが言葉に詰まって後回しになってしまったけど、今回もすもてゃんが最後にMCを。すもてゃんは「伝わったかな??」って不安がってたけど、しっかり伝わってきたよ。

そしてもう一つ、5/30(日)に渋谷club asiaにて「新奇懐古周遊~UNK NELW WORLD~」(あんのうん・にゅるーわーるど)が開催されることが発表された。
5月30日にKAQRIYO過去最大規模のライブが行われる。僕が群青にどっぷりと浸かってた間に発表された2020年4月29日に当初予定されてた過去最大規模ワンマン「Bipropaganda」(コロナ禍でおよそ9ヶ月の延期)の先行チケットを脊髄反射的に取っていたのも、実はその会場が渋谷WWWだったからというのが主な動機だった。

渋谷WWWといえばpandemic tourの「MISS SINS」を思い出す。と先述したが、つれづれがカナダへ飛び立つ直前に、僕は『MISS SINSの「君が君で在るのなら…」という小町パートが好きだと、そしてその歌詞のような気持ちで行ってらっしゃい。』との趣旨でツイートして見送った。
そして彼女たちがカナダから帰ってきた後のWWWで、あの日僕はWWWの最前列上手側で観ていた。MISS SINSが始まりそのパートに差し掛かったところでちょうど小町ちゃんは僕の目の前にいた。そしていつもフロアの遠く先を眺めるようなライブパフォーマンスの多かった小町ちゃんが珍しく最前列の僕の方に目線を落としてきた。
思わずチェキ撮るときに「さっきのMISS SINSだけどさぁ…」と訊ねた。すると小町ちゃんは「だって、君があのパート好きだって書いてくれてたじゃん。」って。
その"灯り"は、まるで僕のことを照らしてくれているようだった。
なのでMISS SINSという曲は僕にとって特別なものであり、渋谷WWWというハコも、そして「5月30日」という日も僕にとって特別なものなのだ。そんなことを思い出しながら、そういえばあの時も最前列上手側にいたよなあ。と。

きっとこれはただの偶然だろう。
いつまでも過去の残像に囚われるようでいては、今を生きる君にとって失礼なことかもしれない。だけど君がくれたものって、僕にとってそれだけ嬉しかったものであるし、僕はいつまでもあの瞬間の君の気持ちを大切にしていたい。
ライブの神様ってのがもしもいるのならば、神様のイタズラだったのだろう。

そういえば今回の西変ファイナルのセトリは、東変ファイナルの横浜のような"仕掛け"はあっただろうか、またふいに游ちゃんから訊ねられたらどう答えたらいいだろう。
と言ってもライブには、たった1つの正解も無ければ模範解答も無いと思うし、人それぞれが思い思いに楽しめればそこに「正解」はあると思う。けれどもメンバーが込めたメッセージと僕の思ったメッセージが合致する、つまり伝わるということがこの上もなく嬉しいのはもちろんだし、それを確かめ合えればもっと嬉しいものである。

今日の特典会では囲みよりも先にそれぞれとのツーショを撮ることになったのだが、僕は最上手側の、ちょうどさっき観ていた場所に案内された。マロが”例のセトリのチェキ”撮りたがっていたので僕は快く応じた。「”これ”をできるのは特別な人だけだよー?」と言いながら。この東変・西変を通してマロはほんと頑張ってきたしマロがいたからこそKAQRIYOは四人でここまで頑張ってこられたと思う。だから今日というファイナルのマロは特別だった。

すもてゃんはいつもステージ上からよく気づいてくれる。此処に来ているということだけではなく細かいところまで。こないだは僕の爪の色を、今日は僕が髪を結んでたことを。あんなに変幻自在に動いているのにすごいなと感心する共に、前回に話したことなど覚えててくれたりも嬉しい。まだこの先どこへ行くのか分からないけど、初めて訪れる場所できっとまた会いたいね。

游ちゃんとは初めて会った頃の話になった。確か渋谷のチェルシーホテルだったかミルキーウェイだったか、とにかくその日は幽世との対バンではなくつれづれのワンマンで、彼女は私服姿だった。彼女は小町とチェキを撮るために群青に混ざって並んでいて、ちょうど僕のすぐ前に並んでいた。同じ小町推し同士としてお話していた。すると周りから「あー無銭接触ぅー」と言われた。僕は何のことだか分らずキョトンとしていた。彼女は幽世の新メンバーの心鞠游でその日は物販のお手伝いだかで来ていたのだった。そんな游ちゃんに毎日のようにク○リプ送るようになるとは思ってもみなかった。

ロンドちゃんは「これ撮ろ。」といきなりポーズをとった。「何のポーズ?」「これ?お箸とお茶碗。いつもごはんと撮ってくれてるじゃん。」「ああー、#ロンドともぐもぐ?」「そう、もぐもぐ用の。」マスク外せるようになったらまた撮りたいね。いやそれにしても嬉しい。

あともう一枚は、今日の摩訶不思議ズムの中の「お慕いしてます大和撫子系?」があまりにも素敵だったので、その時みたくステージの縁に座って撮ってもらうことにした。そういえば今チェキ撮ってるのはさっき観てたのと同じ場所だから、座ってたのも同じ場所になる。さっきロンドちゃんはステージの上から降りるように座ってくれたけど、今度はステージの下から「よいしょっ」と、まるで泳いだあとプールサイドに腰掛けるように飛び乗ってくれた。

こ・れ・は・嬉・し・いルージュマジック♪ ベイベーOhベイベー♪

…って語気を「・」で区切ったからその曲のタイトルを連想しただけで特に深い意味はないのだが、ロンドちゃんがベイベーであることは確かである。

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↑この上段真ん中のがベビベビベイベベイベベイベ~♪なスリルなロンドちゃんである。かわいいじゃろ?

そしてあの瞬間のことについて訊ねてみた。
お互いそれを確かめ合うことが出来てもっともっと嬉しく、そしていとおしくなった。
「またね~」と手を振って帰ろう。
そういえば次会えるまであと1か月もあるじゃん!(嗚咽)
もう一度振り返って手を振ったら手を振り返してくれた。

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意味なんてなくっても
君振り向かせたいの~♪

club visionを後にして、予約している夜行バスの乗り場のある難波を目指す前に、脳内快楽物質を分泌しすぎたこの身体に補給が必要だ。しかし飲食店はもう一部のお店でテイクアウトしかしていない。道頓堀まで歩いてたこ焼きをテイクアウトし、どこかベンチにでも腰かけて食べることにしよう。

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お昼は”ネギポン”さを食べたので夜は”わんこたこ”(実質:明石焼き)を食べよう。さっき撮ってもらったばかりの #ロンドともぐもぐ で食べる”実質:僕”は格別だ。だし汁も美味しいし、紅しょうがでなくガリってのがまた気が利いている。和歌山ラーメンに次いでやはり「食べ比べ」はいいなあ。

これだけじゃ少々足りないので、コンビニでパン買って難波まで歩いて夜行バスのラウンジで食べました。予約したバスは3列独立シートでカーテンも付いてるので隣に気兼ねすることもなくレポも書けるかなと思ってたけど、すっかり爆睡してました。バスは早朝に横浜に到着し、京急で横須賀の自宅へ帰りました。玄関には見慣れた白と青のレターパックが。僕が西変で行けなかった箇所で通販を注文してたのが留守中にまとめて届いてました。

封を開けると「早くまた会いたいです」という時間差攻撃のコメントを見ながら「昨日会えたじゃん」とツッコミ入れたくなる不思議な感覚と共に、「こいつ、こいつ、こいつぅぅぅ~」という筆舌に尽し難い感覚に襲われながらも。

「そうだね、早くまた会いたいね。」
一昨夜も昨夜も会えたのにね。

初めて訪れた和歌山も、新堀江club visionの最前列上手側も、この先僕にとって特別な記憶として刻まれることだろう。そしておよそ1か月後に迫っている「5月30日」もまた、きっと特別なものになるだろうというジンクスを信じつつ、いやジンクスなんて超えるためにあるんだ。

もっともっと特別な素晴らしい夜になれるよう、次会えるまでちょっぴり長くなるけれど、あの日君がくれた永遠の瞬間を反芻しながらまた君に会えるのを待ち焦がれている。

2021.04.25(~05.04)
Лавочкин
(らぼーちきん)

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