硬貨の使い道 14

(あの人は宮部さんに幸せになって欲しかったんだと思う。)
そう思ったのは、宮部さんに飲みに誘われるより前のことだった。
(宮部さんは、僕を捕まったあの人への当てつけに選んだんだ。)
その考えが浮かんでからは、僕は冷静に自分のことを見つめ直していた。オープンキャンパスで宮部さんに一目惚れして以来、僕は無我夢中で宮部さんだけを追い続けた。今考えるとかなり狂った行為だ。一目惚れした相手に会うために大学を受け、食堂で初対面なのに告白したのだから。ただ言い訳させてもらうなら、あの時は自分を抑えきれなかった。宮部さんに声をかけた日は、必ず家に帰って反省していた。でも次の日、宮部さんの姿を見ると声をかけてしまっていた。自分で自分を止められなかった。ただ今になると
(これって僕だけなのかな?)
と思う。
(誰かに恋している人って、誰かを愛している人って、大なり小なり狂っているものではないか。自分の命を危険に晒してでも子供を守る母親も、恋人のために両親との縁を切る人も、物語としては美しい。でも現実的に考えるとやはり狂っている。愛情と狂気は近いところにある、決して遠い存在では無い。人を殺したあの人はヒトデナシではなくただの人だ。ならば僕は理解できるかもしれない。同じ人を好きになった者として、それが宮部さんのためにもならなくても。)
その時から宮部さんとの飲みの日まで、僕はずっと考えた。TVのニュースから時折追加の情報をもらいつつ、首を絞めて行為に及んだこと、それが本人の供述であることなどを含めて考えた。そして導き出した答えが
(あの人は宮部さんに幸せになって欲しかったんだと思う。)
というものだ。あの人は宮部さんには一度も危ない行為はしなかった。人殺しの彼女という汚名を被せなかった。結局警察の事情聴取は宮部さんの元まで来たみたいだけど、あの人はそれを避けようとした。ほとんど僕の希望的感想だ。だけどおかげで、少しあの人を身近に感じた。この考えは、いつか宮部さんに伝えよう。宮部さんも知りたがってるはずだから。そしてその日はラブホテルの一室で訪れた。