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青いマグノリア #14

「あの子の両親がスイスで事故で死んだと聞いた時は胸が痛んだ。ただ、それと同時にどこかでほっとしたような気持ちだった。これで自分さえ黙って入れば秘密は永遠に知られない。鬼だね。だからこそ、あの子の成長を見守らなければって気持ちが強かった。楠木の旦那様は全く気がついていないようだった。まさに溺愛してたよ。俺は時々庭仕事に入るくらいだったけど、小さな蓮子はすぐに俺にも懐いてくれて可愛くて仕方がなかった。でも、あの子は成長するに連れて大人を試すようになっていった。自分の言うことをどれだけ聞いてくれるか試すんだ。そういうところは母親によく似てる。俺は蓮子の頼みは何でも聞いてやった。旦那様には及ばないけどね。大きくなっていくに連れ、あの子はその賢さで大人を操るようになっていった。俺も操られた一人だってことか。それにあの目で見つめられたら大抵の男は何でもするだろう。気がつけば蓮子も大学生になっていた。その頃うちの妹が入り込んだんだ。あの家に。」

「きっかけは何だったんですか。」

「妹の恵里子とは一回り違っていたし、あいつが高校を中退して東京に出てきてからも水商売なんかを転々としてて俺のところには滅多に顔を出さなかった。それがある時雑誌に豪邸の庭を特集する記事が載ったんだ。楠木の庭と俺も取材されて写真付で出たんだよ。それを見て恵里子から連絡が来るようになった。それで楠木の庭仕事に一緒に連れてけってしつこく言うもんだから、俺も根負けして連れて行ったんだ。その時に旦那様と蓮子にも紹介したんだよ。それからさ。恵里子は人当たりが抜群に良いんだよ、人たらしって言うのかな、とにかくあっと言う間に旦那様のお気に入りになってた。蓮子は警戒心を持ってたと思うが表向きは仲良くしてたね。そのうちに、恵里子は楠木の家に自由に出入りするようになって旦那様に取り入ったんだ。そしてあんなことが起こってしまった。」

「あんなことって。」

「恵里子が出入りする様になった頃は旦那様はかなり具合が悪い様子で部屋で休まれていることが多かった。庭に面した和室のベッドに横になられて庭を眺めていらした姿をよく覚えてるよ。旦那様には本当にお世話になった。恵里子は甲斐甲斐しく世話をしてたようだけど、俺には下心があるのは分かりきってた。蓮子もそうだったんだろう。ある日俺に相談してきた。恵里子が旦那様に取り入って財産を騙し取ろうとしてるって。でも旦那様の財産は全部自分に引き継がれることになってるから、恵里子が自分を邪魔に思って何かしようとしてるって。」

「何かって、具体的には。」

「俺もそれを聞いたが言葉を濁してた。ただ、身の危険を感じて怯えてる様子だった。でも、さすがに俺も自分の妹がそこまで酷い奴とは思わなかった。むしろ、あいつはもっと単純な奴なんだ。だから俺は最初は本気にしなかった。蓮子の話はいつものように自分に周りの関心を惹きつけるためのちょっとした演技だってね。ところがそれがだんだんと深刻になっていった。」

「身の危険を感じるようになっていったってことですか。」

「蓮子はそう言った。恵里子が来て一緒に食事をした日に具合が悪くなって主治医を呼んだとか。手伝いに聞いたらたしかにそうだった。交差点で信号待ちしてたら誰かに押されて危うく車に轢かれそうになったとか。医者や目撃者がいるからあながち狂言とも言えない状況で、それに何より蓮子の怯え方が尋常じゃなかった。」

「妹さんには聞いたんですか。」

「もちろんだ。まさかとは思うがってね。もちろん爆笑してたよ。俺はお前を排除するためだろうから、これ以上欲張らず旦那様にはもう近づくなって言ったんだ。でもあいつは俺の言うことなんか聞いちゃいなかった。それからしばらくは恵里子と顔を合わせることもなくて、楠木のお宅の庭の手入れも、旦那様の具合が良くないので人の出入りを抑えたいとか手伝いに言われてさ、少し間が空いた。それが突然あの夜蓮子に呼び出されたんだ。最悪の夜だった。」


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