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青いマグノリア #10

翌週は仕事が立て込んでいて咲はあまり気を散らすこともなく過ごしていたが、夜中にふとあの庭を思い出しては次に起こることを予感し、推理し、そして数日が過ぎていった。五十嵐から再び連絡が来たのは週末の夜だった。

「横山という男性の消息が分かりました。」

「新潟にいたんでしょう。」

「そうです。山古志です。」

「小千谷か栃尾か山古志だと思ってました。」

「やっぱり錦鯉の産地ですからね。若い時に東京に出て造園業者に就職しています。そこで楠木の家と繋がりが出来たようで、錦鯉の知識を買われて先代に重宝されるようになったそうです。その後独立した際にも楠木がかなり力添えしたのではないかと言っています。」

「最初に勤めたところの方から聞いたお話ですか。」

「そうです。だった五年で独立したという話ですからかなりの援助があったのだろうと。ただ横山のうちは元々造園業を営んでいたという話ですから、子供の頃から経験も素養もあったのでしょう。」

「そして錦鯉もね。昔ブームだった頃、農家など場所と余力がある家はこぞって養殖に手を出したと聞いてます。私の両親の実家もそうです。二つの家ともセンスがあったようでかなり良い鯉を出していたようです。」

「横山の実家もそうだったんです。だから当時は羽振りも良かったと。そんなわけで独立してからは楠木の援助と口利き、実家の資金もあり、当初からかなり順調だったらしいです。それが事業を畳んで田舎に戻ったと。」

「あのオークションが開かれた頃じゃないですか。あるいは、別の言い方をするなら楠木の先代が急死した頃、さらに踏み込むと、あの遺体が毒殺された直後とか。」

「3つ目の事態との符号はまだ確認中ですが、前の2つとのタイミングはその通りです。ただ、その頃はバブルが弾けて成金需要が減っていた頃でもある訳で、今後を見越して事業を畳む判断をしてもおかしくはなかったと思います。」

「それで、彼は今どうしているんでしょう。」

「新潟に戻ってしばらくは知人の造園業者の仕事を手伝っていました。実家は父親が高齢となったこととやはりバブルのせいで事業に陰りが見えたこともあったんでしょうが、事業は閉じてしまっていたんです。」

「その知人っていうのが多分私の実家の庭の手入れをお願いしていた植木屋さんなんでしょう。」

「その通りです。どうして横山がこの事件に繋がってると思われたんですか。」

「庭を見たからです。」

「楠木の庭ですか。失礼ですが、咲さんのご実家の庭とはかなり趣が違うと思ったんですが。」

「そうですよね。うちの庭は藪っていった方がしっくりくるっていうか何が植っているか分からないようなワイルドな庭ですが、あちらは手入れの行き届いた純和風庭園ですものね。」

「ええ。正直言って何の共通点も見出せません。」

「私もです。少なくとも今のうちの庭とはね。」

五十嵐は煙に巻かれた気がした。この人は一体どこまで分かっているのか。まだ庭を見ただけじゃないか。

「それで横山のその後ですが。」

「はい。続けてください。」

「その後はずっと地元で暮らしていましたが、地震で。」

「ああ、中越地震ですか。山古志っていったら相当の被害が出てたしか亡くなった方もいましたよね。まさかその時に。」

「いえ、家は全壊しその時点で存命だった母親が犠牲になりましたが横山自身は無事でした。全村で仮設に移りその後数年で全村で帰還しています。」

「じゃあまだ山古志にいるんですね。」

「それが病気で長岡市内の病院に入院中です。」

「事情聴取してください。あの遺体を宝石と一緒に庭に埋められる可能性があるのは彼しかいないでしょう。」

「はい。手配中です。ただ、相当具合が悪いらしく、主治医が許可を出し渋ってます。」

「そうですか。それで彼の周りに行方不明になった女性っていませんか。」

「います。妹です。」



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