青いマグノリア #3
その夜がらんとした家に一人でいると咲は言いようのない孤独を感じた。居間に座って廊下の向こうの庭の方を見つめている。カーテンを引いてあるから庭は見えないがそこから目が離せないのだ。しばらくしてスマホを取り出して兄に電話した。一通り話し終えてから聞いてみる。
「ないと思うけど心当たりってありますか。」
「ないに決まってるだろ。」
「だよね。DNA鑑定の件もうちの親戚で行方不明者はいないって言っておいた。」
「まあ、関係ないってことを確認するんだろうな。後はいつ頃幾つくらいで死んだか大体当たりをつけて身元不明者と照合するとか。でもあんまり古いとデータベースも整備されてないんじゃないか。」
「土の中に埋まっているとなかなか鑑定も難しいんじゃないかな。」
「パパやママが埋めたってのも想像しにくいし、以前庭の手入れを頼んだとかでちょっと掘り返したりしたことあったかな。」
「特に記憶にないけど。」
「でも、お前が東京に行ってから俺が就職で帰ってきたけどしばらくは通いが遠かったから社宅にいただろ。週末だけ帰って来てた。あの頃は二人ともこの家にいなかったからその辺りで何かあっても分からないよな。」
「25年は前の話だよね。でもパパもママも変わった様子はなかったよね。」
「あの頃親父が病気でそれどころじゃなかったしな。」
「だよね。とにかく鑑定結果が出てからまた考えよう。病気どうですか。」
「まあまあだな。術後の経過は悪くないらしい。」
「良かった。お大事にね。私は明後日東京に戻るから。」
咲は電話を切ってからしばらくの間、あの頃のことを思い出そうとしていた。でもほとんど思い出せないのだ。高校から大学にかけての時期は父の病が暗い影を差していて家族にとって辛い時期だった。自分にとっても精神的に苦しかったせいか、当時の記憶は封印しているものが多い気がする。敢えて思い出しても苦しいだけだった。それでも何か引っかかることがなかったかずっと考え続けた。だめだ、分からない。諦めてベッドに入ったが寝付けるわけもなく、しばらくは寝返りばかり打っていた。ようやくうとうとと意識が彷徨い始めると、庭の木蓮の花が浮かんではどこかに流れていった。咲は夢を見始めた。
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