見出し画像

青いマグノリア #4

翌朝目覚めた時はほっとした。何だか嫌な夢ばかり見てしまいTシャツはびっしょり濡れている。どんな夢だったか一瞬で忘れてしまったがとにかく悪夢だった。夢で良かった。シャワーを浴びて目を覚まし歯磨きをしながらカーテンを開けてまわった。この家は窓が多いのだ。庭に面した側は全部窓だ。長い廊下は南向きで総ガラス貼りのため家にはいつも日差しが差し込んで明るかった。咲は窓を開けて朝の空気を引き入れた。庭の木蓮が眼に入った。その時だった、不意にある記憶がよみがえってきた。

あれはいつの頃だろうか。あの日も今と同じような季節でここから母と庭を眺めていた。木蓮が綺麗に咲いたねと話しているうちに、咲はふと気がついた。

「あれ、白い木蓮の隣にさ、青っぽい木蓮もあったよね。濃い青っていうか青紫っていうか。咲いてないね。」

「ああ、そうだっけかねえ。青なんてあったかねえ。」

「あったよ。毎年白と青の木蓮が咲いて綺麗だなあって思ってたんだから。でもこれだけ気が植ってると淘汰されちゃうこともあるのかな。」

「そうだろうかねえ。」

その話はそれで終わった。でも咲は青い木蓮が好きだったのだ。普通の紫色の木蓮の花より色が濃くて、周りの木々の中では濃い青に見えるその花が好きだった。白い花と寄り添うように咲く姿は八重桜と並んで春を彩っていた。それがいつから咲かなくなったのか。あれは私が東京に出てからのことだったと思う。きっと今のようにゴールデンウィークで帰省していた時の話だ。

青い木蓮は自然に朽ちていったのか、それとも何かの拍子に排除されたのか。このことを昨日の刑事に話すべきか悩んだがしばらく様子を見ることにした。今回の事件には特に関係ないかもしれない。そもそもあの死体がいつ頃埋められたのかも分からないし木蓮がいつ頃消えたのかも分からない。もっと情報が揃ってから考えた方がいい。

昨日の刑事は午後からやって来た。五十嵐という名前の咲と同年代くらいの男性だ。兄にも一通り話を聞いてきたらしい。鑑定結果が出るまではまだしばらくかかると言う。咲は明日東京に戻ると告げると連絡先を教えるよう言われた。幸いなことに事件性の有無も分からないこともあってかマスコミには伝わっていない様子だった。近所付き合いも途絶え周りも老人家庭や独居が多いため物見に来る人もない。騒ぎにならずに済んだことに胸を撫で下ろしていると、五十嵐刑事は気になることがあると話し始めた。

「あのペンダントですが、鑑識がかなり高価なものじゃないかと言ってまして。」

「ただのクリスタルじゃないんですか。」

「ダイヤモンドらしいんです。それも相当品質の高い。」

「あら。そんなものを持って亡くなっていたってことは、結構な資産家の方じゃないんでしょうか。捜索願いも出てるでしょうし、身元も判明するかもしれないとか。」

「まあそうですね。そんなこんなでぜひ拾得物届けは出していただきたく。」

「分かりました。」

「調書を取って書類を作るように担当者を連れて来ましたので今からお願いして良いですか。」

書類を書き終えて家にあった印鑑を押してから、咲は何気なく五十嵐に聞いてみた。

「高価ってどのくらいの感じなんですかね。100万とか。」

「数千万は下らないって言ってます。」

「えええっ。数千万てそんなに高いんですか。」

「大きさも質の良さも一級品らしいんです。」

「だったら捜索願いと一緒に遺失物届けも出てるんじゃ。」

「今調べてます。」

「ちょっと訳が分かりません。女性の遺体がうちの庭に埋められていて、しかも数千万円のダイヤモンドが一緒に出てくるなんて。一体何が起きたんでしょうか。」

「たしかに。我々も本腰を入れて捜査しますので引き続きご協力をお願いします。」

咲は心の中で今までは真剣じゃなかったのかよと呟きながら頷いた。

「よろしくお願いします。鑑定結果とか新しい情報が入り次第ご連絡ください。」

「分かりました。これからは電話やメールでのご連絡になりますがよろしくお願いします。」

五十嵐と警察官が帰ってから咲は改めて庭に出て木蓮の木を眺めた。根元のブルーシートは昨日のままだが間もなく土で埋めてもいいという。かなり掘り返されたが庭木にはほとんど傷もつかずに済んだ。足元の水仙も何とか持ち直してくれるといいが。いやいやそんな呑気なこと考えてる場合じゃないだろう、何年も遺体が埋まっていたんだから。この庭ももう昨日までの庭ではなくなってしまった。彼女は誰で何が起こったんだ。それはこの庭で起こったのかそれとも別の場所で殺されてここに埋められたのか。咲の中でこの庭への愛着と事件への興味がない混ぜになって気持ちはますます混乱していった。そしてふと気がついた。ダイヤだ。あのダイヤが鍵を握ってるに違いない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?