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青いマグノリア #2

「少しお話をお伺い出来ますかね。」

刑事らしき男が穏やかな声で咲に話しかけてきた。咲は庭に面した廊下に並ぶ窓のを一つを開けて2人で腰を下ろした。

「ここにはいつからお住まいですか。」

「小学校一年生の時に両親が家を建てて引越して来ました。家族は父と母と兄と私の4人でした。」

「ご両親はご健在ですか。」

「いえ、2人とも他界しています。兄は独立して近所に奥さんと2人で住んでいます。私は東京に住んでいますが、この家をもらったもので、まとまった休みの時は時々帰省して風を通したり水をやったり。」

「誰か庭の手入れをされているんでしょうか。」

「業者さんに時々草取りと選定をお願いしてますがそれ以外は何もしていません。」

「随分と何というか茂っていますね。」

「ああ、それは。藪のように見えると思いますが、そういう庭なんです。父の好みだったようで。業者さんにも雑草だけは抜いてもらうようにお願いしてますが、他の草花には手を付けないようにしてもらってます。木は時々枝の剪定をお願いするのと後は冬囲いですね。」

質問に答えながらも咲の視線はずっと庭の一点に向けられている。既に遺体は掘り起こされて運び出されようという状況だ。ああ、あの辺りの木蓮も随分傷ついただろうな。下の水仙も踏まれてしまって。元通りになるかしら。そもそも死体が出た庭を元通りにして良いものか、それが問題だわ。そんなことを取り止めもなく考えながら質問に答えていた。

「鑑識によると遺体は白骨化していてここに埋められてからかなりの年月が経過しているようです。骨盤の形から恐らく成人女性だろうと。衣服の残りやネックレスからもそう推察されます。何かお心当たりはありませんか。」

咲の顔色が変わった。刑事の方に向き直り厳しい表情で言い切る。

「全くありません。意味が分からないです。何でこの庭に女の人が埋まっているのか。」

「お兄さんにもお話を伺いたいのですが、ご連絡を取ってもらえますか。」

「それが兄は今入院中でちょっと良くないんです。こんな話は出来るような状態ではないと思います。それに兄とは三つしか違わないので私の記憶とほとんど変わらないと思います。」

「どこの病院に入院されているか教えてもらえますか。主治医の先生と相談してお話を伺えるようならお会いしたいので。」

「分かりました。あの、あの遺体はいつ頃ここに埋められたか分かりますか。」

「鑑定が進めばおおよその様子は分かるかもしれませんが、土の中で腐敗が進んでいるので土壌の状態にもよるかもしれません。いずれにせよ鑑識の報告待ちですね。ところで、念のためDNAサンプルを取らせていただけますか。」

「分かりました。でも親戚には行方不明になった人は誰もいないので役に立たないと思いますよ。」

「念のためです。念のため。」

「ところで兄のところにはいつ行かれますか。いきなりだと刺激が強いのでその前に私から話しておきます。」

「明日にも主治医の先生に話をしたいですね。」

「分かりました。今日中に伝えておきます。」

「それから今のところ遺体の所持品はあなたが見つけたペンダントだけです。一応拾得物として届けを出しておいてください。書類は明日にでも持って来ます。」

「はい。でもクリスタルのペンダントなんてそれも遺体が身に付けてたものですし、正直私としては特に。」

「一応形式ですから。」

「そうですか。分かりました。」

「では我々はこれで。」

気がつくと辺りはすっかり暗くなっている。鑑識も掘り出すものは掘り出したのか帰り支度を始めていた。木蓮の白い花がライトに浮かび上がり、下に敷かれたブルーシートと対照をなしていた。やがてライトが消され、シートは一瞬青紫のように見えたかと思うと闇に紛れていった。


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