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青いマグノリア #5

五十嵐刑事から連絡があったのは咲が東京に戻ってから10日を過ぎた頃だった。仕事を終えて自宅の最寄り駅に着いて歩き出すと電話が鳴った。

「こんばんは。五十嵐です。今お話しても大丈夫ですか。」

「はい。ちょうど仕事の帰りなんですよ。」

「お疲れさまです。若干進捗がありまして。」

「身元が判明したんですか。」

「それはまだなんですが、ダイヤのことが分かって来ました。」

「持ち主がですか。」

「それが少し複雑でして。もしよろしければ今度お会いしてお話出来ますか。」

「あいにくしばらく帰省する予定はないんです。」

「自分がそちらに伺います。少し用事もありますので。」

「そうしていただけるとありがたいですが、いつ頃になりますか。」

「今度の週末はどうでしょう。ご都合いかがですか。」

「日曜日ならいつでも。土曜日は夜少し遅い時間からなら大丈夫です。」

「では土曜日の夜でお願いできますか。場所はご都合に合わせますがどこかいい場所があれば。食事しながらでも。」

「後で考えてメールして良いですか。」

「もちろんです。よろしくお願いします。」

「ところでどんなお話なんでしょう。」

「詳細はお会いした時にお話ししますが、あの宝石はその筋の人間というかコレクターとでも言いますか、いや、マニアと言った方がいいかな、とにかくそういった者たちにはかなり知られたもののようです。」

「はあ。」

「あの宝石は、コレクターの間ではブルーマグノリアと言われている非常に古いもので。」

「ブルーマグノリア。」

「そうです。そもそもはイタリアのメディチ家に伝わって、、、」

「えええっ。メディチ家ってルネサンスの頃フィレンツェを支配していたあのメディチ家ですか。」

「そうです。」

「それはまた随分と凄いところに話が飛躍しましたね。ところでブルーマグノリアって仰いましたよね。」

「はい。それが何か。」

「ああ、いえ。別に。」

驚いた。偶然なのだろうか。マグノリアは木蓮だ。正確には中国や日本などの木蓮を交配させた品種だがアメリカでは広く植えられている。ブルーマグノリアって青い木蓮ってことじゃないの。うちの庭からいつの間にか青い木蓮が消えて、その木の下にブルーマグノリアが埋まっていたって。引っかかる。何かが大きく引っかかる。

「あの宝石は元々はロレンツォメディチが愛人に贈ったもので。」

「ええっ。ロレンツォメディチってあのロレンツォですか。無茶苦茶有名ですよ。メディチ家全盛期の当主でレオナルドダヴィンチをフィレンツェに呼んだ人ですよね。」

「そのロレンツォです。代々メディチ家に伝わってきたものがある時の他人の手に渡り、それからは何度か持ち主が変わって最後はある国の侯爵夫人が所有していたらしいです。1800年代後半頃の話です。それがご多分に漏れずその後その貴族が没落したようでして、宝石も手放したという噂が流れました。アメリカ南部の大富豪の手に渡ったという話です。その辺りからブルーマグノリアという名前で呼ばれるようになり、今も伝説の宝石としてマニアに語り継がれているそうです。」

「何だかものすごく胡散臭いですね。詐欺かなんかじゃないんですか。いくらなんでもメディチ家とか侯爵夫人とか、もはやファンタジーですよ。」

「そう思われるのも無理はないと思うんですが、ただ、あの宝石はたしかに本物で、大きさも品質も最高級の逸品だそうです。その筋の者の鑑定によると、ほぼ間違いなくブルーマグノリアだと。」

「でも、誰も本物を見たことがないんですよね。そのアメリカの大富豪だか誰だかの手に渡ってからは表には出て来なくなったんでしょう。」

「表にはね。」

「裏では取り引きされていたってことですか。」

「されようとしていたという方が正しいかもしれません。かなり複雑な話でして、後はお会いしてからお話しした方がいいと思います。」

「分かりました。では土曜日に。」

にわかには信じがたい話だった。しかし、青い木蓮とブルーマグノリアの不思議な符号のことを考えると、何かがあると考えてしまう。たとえただの偶然だとしてもだ。そもそもあの木蓮のことはまだ誰にも話していない。

それにしてもとんでもない話になってきた。死体が埋まっていたことだけでも信じられないのに、死体と一緒に埋まっていたものがそんな曰く付きの宝石だなんて。田舎の普通の家の庭先にだ。それもこれも自分の家の。一体何が起こったのか。咲は好奇心に駆られ土曜日が待ち遠しくなった。



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