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青いマグノリア #13

横山は60を回ったばかりのはずだが目の前にいる人物はやつれてもっと高齢に見えた。だがそれが却って彫りの深さを際立たせ、往年の美形ぶりが伺えた。

「横山さん。先日話した長谷川さんです。横山さんが昔手入れした庭の今の持ち主です。例の遺体の見つかった。ところであの遺体はやはり妹さんでした。話してもらえませんか。何があったのか。」

「横山さん、長谷川咲と言います。私はあの時楠木さんのお宅で起こったことに横山さんが関わっているんじゃないかと思ってます。違いますか。」

「楠木さんには関係ありません。」

「そうですか。でも、私は先日楠木さんのお宅に伺ったんですが、見覚えがあったんですよ。」

「楠木蓮子さんに見覚えはないって仰ってましたよね。」

五十嵐が口を挟んだ。

「ええ、彼女に見覚えはありません。」

「じゃあ何に。」

「木蓮ですよ。庭に咲いていた青紫の木蓮の花です。」

横山の顔が険しくなった。そしてしばらく遠くを見るように視線を逸らした。

「私はあの色のような木蓮の花を一度も見たことがありません。私の実家の庭以外では。」

「うちの庭の木蓮は白い花を付ける木とそれからもう一本、青紫の花を付ける木と、二本並んで植えられていたんです。青紫の花は他の木々に混じると濃紺に見えて、私はその白と青の対比が美しくて大好きでした。その二本の木蓮は父が父の実家が所有する山から採ってきて庭に植えたものだったんです。それがいつしか青い木蓮だけが庭から消えていた。」

咲は横山を見つめながら話を続ける。

「そして楠木さんの庭にその木蓮と同じ花が咲いていたんです。随分成長して花もたくさん咲いていました。大切に手入れされているようでした。」

うなだれる横山を見つめながら咲は言葉を繋いだ。

「ここからは私の推測です。遺体を埋めたのは横山さんではありませんか。仮に20年前だとすると、当時私の実家は父が病気で母も看病で家を開けることが多かった時期です。庭の手入れをお願いしていた業者さんを横山さんが手伝っていたのも同じ時期ですね。妹さんに何が起こったのかは今は未だはっきりとは分かりません。でも何らかの原因で死んでしまった。その場には横山さんも居合わせた。横山さんには妹の死を隠したい理由があった。そこで自分が遺体を引き取って造園用の土の中に隠した。やがて東京から地元に戻って植木屋を手伝うようになった時、ちょうど良い庭を見つけた。そう、うちの庭です。庭木の手入れを装って穴を掘って妹さんを土ごと埋めた。その時、一本の木蓮の木の根を傷つけてしまった。このままにすると枯れてしまうかもしれない。枯れたら目立つが、この庭は木が生い茂っていて細い木蓮が一本無くなっても気がつかないだろう。そう思ってその木を抜いた。それから土を盛って遺体を隠して庭を後にしたものの、妹を哀れに思う気持ちが木蓮の木に重なって捨てるのが忍びなくなった。あるいは、もっと他の理由もあったのかもしれません。それでことが起こった場所、つまり楠木の家に戻ってその庭に木蓮を植えた。その木が生き延びられるようにと願って。その願いは叶えられました。あの木蓮を見た時、この庭にこの木を植えた人が鍵を握ってると思ったんです。それが横山さんでした。」

「たしかにあの木蓮を植え替えたのは私です。だが楠木の家が関係してるってどうして思うんだ。あの木蓮は珍しい花が咲くからたまたま出入りの庭に植えただけだ。」

「木蓮が植え替えられたのは恐らく20年前の梅雨時から秋口辺りです。私の母は死ぬまで何十年もの間ほとんど毎日の出来事を日記に書いていたんです。膨大なキャンパスノートが残ってます。母の日記を辿ってみました。随分昔、母と私で青い木蓮が咲かなくなった話をしたことがあるんですが、日記にはその話も書いてありました。父が入院していた時期と、楠木さんが亡くなった日、GWに帰省して木蓮の話をした年、整合性が取れるんですよ。楠木さんが庭に出入りしていた時期にはもう木蓮の咲く頃は過ぎていたし、あなたはそれ以前にうちの庭を見たことはないはずです。」

五十嵐が後を継ぐ。

「それとブルーマグノリアですよ。楠木老人の所有していた宝石です。それが妹さんの遺体と一緒に発見されたんです。お気づきではなかったようですね。」

五十嵐が言葉を継いだ。

「ブルーマグノリア。青い木蓮か。それを恵里子が持っていたんですか。」

「そうです。それから恵里子さんはヒ素系の毒物による死亡と判明しました。」

「宝石だって。」

「ご自分が蓮子さんから聞いた話とは違っていますか。」

咲が水を向けた。

「蓮子さんはあなたに自分が薬を盛られそうになったのでとっさに食事を差し替えたとかそんな話でもしたのでは。恵里子さんが蓮子さんを殺そうとしたとか。」

「咲さん、少し走り過ぎですよ。ただね、横山さん。恵里子さんは行方不明になる前、ホステスの同僚に金づるの老人を見つけたと話していました。それとその老人の孫娘も手懐けたと。それからあの家の当時のお手伝いさんが、昔横山さんの妹さんという女性が時折姿を見せていた時期があったと言ってます。」

「横山さん。あなたも植木屋さんなら庭を荒らされる側の気持ちも分かりますよね。うちの父はあの藪のような庭を心から愛していたんです。いつしか庭への興味も失って行きましたが、元気な頃は父の唯一の慰めでした。その庭を荒らされていたかと思うと私はあなたに強い憤りを覚えます。父の娘への愛は特別だと言いますね。そして娘はときに反発しながらも父を愛し父が愛したものに愛着を感じます。あなたも娘への愛があるのでしょうが、その愛は盲目的なものであって真の親の愛ではないように思います。」

「何が言いたいんだ。」

「横山さん、蓮子さんはあなたの娘さんなのではありませんか。DNA鑑定すればすぐに分かりますが、しなくても分かりましたよ。よく似てますから。奥さんとお付き合いされていたんですね。そして奥さんはあなたに打ち明けた。」

しばらく沈黙があったのち、横山は口を開いた。

「蓮子には私が父親だとは伝えていないんです。」

「あなたは伝えていなくても彼女なら知っているかもしれませんね。知っていてあなたを利用したんじゃないでしょうか。自分を愛している父親なら自分の秘密を守ってくれると。妹より娘を守るだろうと。」

それからしばらくは3人とも押し黙ったままだった。横山がようやく声を絞り出した時にはもう窓の外は日が傾き始めていた。




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