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わたしが13歳だったらたちどころに落とされるところだ

三連休は海に行った。今年さいごの夏休みだな。出身高校が保有する宿泊施設は簡素ゆえの居心地のよさがあり、目の前はおだやかな海で老若男女がそれぞれに楽しめる。行けば海に入り、ごはんやおやつを食べ、けだるい午後にはひるねをし、起きたらまた海に入って、夜になれば食堂に集って飲む人は酒を飲み、眠くなったら部屋に戻って眠る。そういうことをしているよ、と友人に話したら、まるでこどもの夏休みだね、と言われた。

同世代から下の世代は家族連れでやってくる者も多い。わたしはここで、ちいさいひとたちと話をするのをけっこう楽しみにしている。大人たちが海から帰って後片付けなどをしているあいだ、なんとなく所在なげに廊下に立っている子がいたりするとニヤニヤしながら話しかけてしまう。どの後輩の子なんだろう、と思って初めて会う男の子に「きみのお母さんはなんて名前?」と尋ねるともじもじしている。ほかの後輩が「ジャスコですよ、ジャスコ」とあだ名をかわりに教えてくれて「ふうん、ジャスコかあ」と復唱していると、ジャスコの子どもが「ちがうよ、じゃすこじゃないよ、やすこだよ」と、この大人はなにを言っているのか、とばかりにきちんと訂正してくれる。「そっかやすこか。じゃあお父さんの名前はなんていうの?」と聞いたら、はにかみながら「タカヒロ。」とそっと教えてくれた。なんかしらんけどすげえかわいいんだよこういうのが。

何年も顔を合わせる子ももちろんいて、仲良しの後輩の息子は、初めて会ったときはアカンボだったのにもう中1だという。自分なりのペースをもっていて比較的寡黙な男子なのだが、1日めになんとなくトランプをしたりおしゃべりをしたり沈黙の艦隊を観たりしているあいだに、わたしにものすごく懐きはじめた。2日めともなると、食事どきになると自然にわたしの隣に座り、夜のダラダラ飲み時間になればいっしょにゴジラ−1.0観ようよ、食堂で観てると飲んでるおじさんたちの声がうるさいから外のベランダに出て観ようよ、とまんまと誘い出されて二人で肩を並べて小さなスマホの画面を見つめることになる。たわいもない話をしながら、コーラ飲む?全部飲んでいいよ、さきいか食べよう、あっトイレ行ってくるけどそのまま観てていいよ、ぼくもう3回観たから、でもおもしろいから一緒に観たいんだよ。なんだこの中1男子、こんなに甘々に甘やかしてきて。あぶなかった、わたしが13歳だったらたちどころに落とされるところだ、と思った。末恐ろしいな。

ゴジラ−1.0を観終わったそのあとは夜の砂浜をさんぽしようよ、とさらに誘い出されていっそうドギマギしたが、わたしの同期女子も一緒に行ってくれることになった。浜には死ぬほど蟹がたくさんいて、ねこの集会ならぬ蟹の集会が開かれているかのようだった。すごい勢いで走って逃げていく蟹のあいだを歩く。奇妙な漂着物などを見つけたりしながら3人で広い砂浜を端から端まで往復し、宿に戻ると、中1男子の両親--わたしの高校時代の後輩でもあるわけだが--は「息子がヒロコ先輩を好きすぎておどろいている、しかしわれわれとしてもヒロコ先輩が好きなので、ヒロコ先輩と家族になることも受け入れたいと思う」と神妙な顔で意思表明をしてくれた。

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