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3/28~4/3

日曜日 全然ちゃう例え王決定戦

一応起きれたものの、外は雨で、食欲もない。楽しみにしていた『全然ちゃう例え王決定戦』をアーカイブ視聴。

ママタルト檜原企画で、真空ジェシカとAマッソ・加納が同じブロックで出演するなら見逃すわけにはいかない。「全然ちゃう例えっていうのは~」から始まる檜原のお手本がすでに面白い。意味不明なツッコみワードが飛び交うカオスを想像していたのだが、意外と競技性の高いルールがあった。カナメストーン・零士をイジる上記三人のわちゃわちゃ感は楽しく、強いだろうなとは思っていたが、やっぱり加納さんが優勝した。
決勝点となった「マチネもソワレも葬式やってたんか」が単語の羅列として大好きで、何度か呟いた。いいライブだなあと思っていたらお昼になった。

まだ食欲がわかないので、昨日の『オールスター後夜祭』を見る。岡野さんともぐらが賞金撮りまくっていたのが馬鹿らしくて、屋敷が逃げ腰ながらギャグ3連発やっていたのを見届けた、面白くはなかった。ワーキャーの気持ちを思い出す。

銭湯でも行こうかな、と思った頃には身体が動かなくなっていた。何も食べたくないのに、体はダルくふらつくところまできている、ここまでくると食べてこなかった後悔しかない。
でも外は雨だし、何も予定ないし、明日は仕事だし、作りたくない。
仕方なく、国府功一郎『暇と退屈の倫理学』を開く。
目的の対象と目的の原因はそもそも異なり、しかしそれを同一視するために熱中が必要とのこと。若林がこの本を読んでいたことが伺える。
予定を思い出した。雨はやんでいた。
タイムスにいたUくんとCちゃんの顔を見てほっとする。アイスコーヒーを飲んだあたりでフワついていた意識が戻って来る。雨だ雨だとはしゃぎながら駅の反対側にある店へ入り、薄いグラスの生ビールで乾杯。まともな店の、まともな料理で、まともないつもの友達と飲むのが嬉しくて、とても楽しい。いろいろな話をした。
「変わらないために、変わっていかなきゃいけない」エレクションの田我流がMCで言った言葉とシンエヴァがつながったり、デモの話だったり、Cちゃんがオウムを扱ったドキュメンタリー『A』『A2』のことを話していた。朝井リョウが『正欲』執筆中に触れたやつ。アートと料理が趣味になった人がいかに「カイシャイン」になったか、舟形屋店主の好きな芸人クイズ。
たくさん話して、再び雨だ雨だ言いながら、結局どん底で白ワインを二本空けた。明日は月曜日、俺たちは忙しい。

月曜日 Dr.ハインリッヒ「漫才の館」

Dr.ハインリッヒの東京単独、アーカイブチケット購入が正午までというのを12:45に気づく。もう何もしたくない、頭を抱えて散り散りになってしまいたい。夕方、街裏ぴんくが感想を呟いていて傷がどんどん広がっていく。なんのために、なんのために、、、
絶望のまま帰宅して見直してみると、日にちを間違えていたらしく、無事、Dr.ハインリッヒ単独『漫才の館』をアーカイブ視聴できた!1時間で10本も漫才をやってくれる最高のライブ。
もう一度見たいネタが数本見れたし(「現代アート」と「風、新約聖書」)、初見のネタもたくさん見れた。理屈を感じさせない言葉の連発、想像の飛躍、転がるような着地、何度だって見たいのがハインリッヒの漫才。テキストにして読めばもっといろいろ気付けるのだろうけど、二人の声色とそもそもの言葉の選択と並べ方を楽しんでいるだけであっという間に追いつかなくなる。「現代アート」は高校のときから好きなネタで、もう何回も見てる。

幸「アーティストたるものもっとこう、独りよがりな美学をこっち側に押し付けてこいよ!と思ってるからワタクシは」
彩「めっちゃいいお客さんやん!」
幸「アーティストたるもの、作品の前に立った客人に向かって喜怒哀楽の呼び名のない感情をよこしてきなさいよ」
(1ネタ目「現代アート」)
幸「手にフキノトウの大王もっててん。だから拍手あんまできんかってん」
彩「そんな役目なんや」
(2ネタ目)
<好きでメモしたワード>
アメニティグッズを入れた風呂敷。アプリになってん。物語って教訓とかいらんねん。自己責任だぜぇヘヘッ。現代和菓子の大会。カリフラワーの木。蛙本来が持っている反骨精神。アミノ酸に絶大な期待。ねぶた祭のこと考えろ。ジャムの家にはきっとウッドベースがあるだろうし。
オチ台詞
「カンバスやからもうええわ」
「変態的に懐が深いからもうええわ」
「さっきのやつやったからもうええわ」
「喉の調子やからもうええわ」
「無視してもらってええわ」→(パンチ)
「油揚げツボやからもうええわ」
「知らん言葉を知らん言葉に訳されても知らん。知らんからもうええわ」
「お狐さんという人や。お狐さんという人やからもうええわ」

火曜日 『大阪』

とんでも無く辛いのに、今日一日バーキンしか食べてないから全然元気が戻ってこない状態、つらい。

渋谷パルコへ『ドラえもん1コマ拡大鑑賞展』を見に行き、服を買い終わってHMVBOOKSに行こうかというところで、仕事でミスが発覚した旨の電話が入った。
完全に自分がやらかしたことなので、胃に生コンクリート流し込まされたくらいの呼吸になる。電波の入るヴェローチェで上司に報告、リモート会議の可能性が出たのでタクシーで急いで帰宅。その途中にかけまくった電話の結果、とりあえず事なきを得そうだとわかる。不幸中の幸いで大事にならならなかったことだけが救い。散々な代休日。

買ってしばらく経っていた『大阪』を開く。
岸さんが、30年前に大阪へ来た自分と、数年前に大阪を出た柴崎さんについて書く序章からこの本を読む安心感みたいなものが伝わってくる。

去年夏の大阪旅行でたくさん歩き回って以降、自分は大阪に好印象を持っているし、興味や好奇心が高まっている。その要因に、どんな街でもそうだろうけど、それでも東京に比べたらチェーン店に飲み込まれていない街らしさがある。
そして東京に戻ってきて初めて、大阪に焦がれるきっかけとなったのは、スズキナオ『関西酒場のろのろ日記』であった。
いま集英社新書プラスで連載中の、コロナ禍の大阪飲み屋がどうなっているかをリサーチする記事も慎重に読んでいる。

40年の歴史に幕を下ろす店があり、メニュー表がその場のオークションで常連に持ち帰られる。大切な瞬間であり普遍的な景色かもしれない。しかし当然もう戻らないし、経済の循環はこうしたお店を生みださない。 
読んでいて、泣きそうになった。


水曜日 tohji『KUUGA』

昨日のこともあって嫌な夢をたくさん見た。起きるとtohji『KUUGA』がリリースされていて、とてもラジオを聴ける気分じゃなかったのでそれを聴くと、あまりに感動的で、会社に行くまで3周聴いた。

https://open.spotify.com/album/0NYTUkJVu31oCrRO4gdrny?si=KvPA2GTVQw6TxkgiE_8zHg

一時期ASMRにハマっているようなインタビューやポッドキャストをやっていたのを思い出した「yodaka」をはじめ、本当に冷たい鉄に囲まれた場所と、それでも止まない誰かの鼓動、景色のイメージじゃなくて、体内にある器官に存在する色や音に響いていく振動を感じた。最近は夜や青などのモチーフが、あふれるイメージによって価値の薄れた概念になっている気がするけど、リアルはもっと冷たい。冷えている。そのうえで何をするか、問いかけとアンサーの循環がこもっている気がした。
コロナでアガる感じでもないっしょと「oreo」「プロペラ」をリリースしたtohjiが作りだす音楽、その主観はずっと一定で、シャイニングラジオで話していた「まだ知られてない新しいものをなぞるクリエイター」への意見も思い出す。FFKT第一弾出演者の中に入っている、あの山奥でtohji、聴きたいなあ。

昨晩からずっと身体がフワフワしていて、気づいたら終わっていた。ボブに誘われいつもの店。「全然ちゃう例え王決定戦」が面白かったと、ずっとそれっぽいマネをしているの
が楽しい。ウソの話はエイプリルフールに代わり、そもそも年度の概念がある日本はエイプリルフールとの相性が悪い、新年度初日となればそりゃ、「全然ちゃう例え王決定戦」のように、自然とマイクの前でボタン押してドヤ顔で何か言いたくなるイタさを避けられない。エイプリルフールってそういうものだとも思っていたけど、アメリカにとっての4月って、日本でいう9月くらいのもんだろうから、そこでちょっと小粋な冗談を、みたいなノリって、全然余裕じゃんあいつら。嘘より奇特な毎日の前に意義を失ったエイプリルフールを弔う。

店は僕らだけになって、店主が片付けていた、いつも一人でカウンターに座る常連おじさんのボトルを見せてもらうと「君の出所を祝う、息子よ」と書かれていた。
これこそ嘘のない現実だ、なんて沁みる話だ。他人には話せないけれど、ゆっくり噛み締めたくなる出来事をキープボトルに記し、それを眺めてしみじみ飲んでいるのか、おっさん。そう恐れ入ってると店主がすかさず「いや、あのおっさん“入所”と間違えたんだよ、息子、区役所勤めになったんだって」と。
今年度一番大きな声を出して笑った。本当に笑った。考えた言葉なんかじゃあ勝てねえなあと心から思った。

木曜日 スズキナオ「それから」の大阪

昨日に続き、スズキナオさんの連載を読み進める。最新回は船場センタービルを歩き回った日のこと。
その商業施設は1970年、万博を契機に卸問屋が集まる所に幹線道路を通す計画から始まっ
た。全ての店を移転するのは困難なので、道路を高い位置に走らせ、下のスペースに店を収める商業施設を建てようと計画されてできたビル。

1号館~10号館までの構造はすべて同一ではなく、地下2階まである部分もあれば地下
1階までしかない部分もあり、逆に地上4階までのところと3階までのところがあった
り。おそらく建物の上を走る道路、隣接する地下鉄駅の構造との兼ね合いなのだろう
が、かなり複雑な作りになっているのがわかる。

しかし、店舗の高齢化や卸問屋の需要低下とともにシャッターが目立ち始めてもいるらしい。
役目を終えつつあるも、大阪らしさが詰まったセンタービルの再生をかけて、町田洋が原作となって制作されたアニメを見たのは昨年のこと。

町田洋の無事と病を、このアニメで知ったし、声を当てているコムアイの口調も好きだった。
これほど「踏破」という言葉が似合うビルも少ないだろう。いつか行ってみたい。

楽しみにしていた『笑う心臓』の放送日。とても素晴らしかった。感想をアララに書いた。


金曜日 DC/PRG「HEY JOE, WE'RE DISMISSED NOW PARTY」@COAST

昨日からやっぱり体調がおかしい、どう考えたってヤバい。眠気と吐き気が交互に来るから、低気圧が絶対に関係している。「明日はDC/PRGだぞ、ラストライブだぞ」とガタガタ震えながら寝た甲斐もなく、寝起きも悪くて調子も出ない。
新木場へ向かうべく早めに退社できるよう調整していたのに、上司に声をかけられて外出することになった。少しずつイライラするし、体調も悪いから全部なしにして帰ろうかと何度も悩んだ。「でも無理してでもおいで」と友だちが言ってくれたので長い電車に乗る。
新木場に着いたときはもう既に40分くらい遅刻していたけど、儀礼的な意味も込めてファミマで缶ビールを手にしてから向かう。チケットもお客さんにもぎるよう対策しているらしく、感覚が懐かしい。音が聴こえてくるけど、アルコール販売は20時までらしいので落ち着いて交換。19時開演だけど、ライブは何時間やるだろう、普段なら3時間は演奏するが、22時まで箱はOKを出しているのか。そんなこと考えるとやっぱり焦りが湧いてきて、せっかちな手つきでドアを開けた。
こんなに単純なものかと拍子抜けしてしまったけど、フロアを直視して一音聴いただけで、一日中付きまとっていた倦怠感がすべて霧散した。フロアは椅子席で、後方も地面がマス状に仕切られている。熱気や湿度が普段の半分も感じられないけど、菊地成孔が言うように、「最新の俺たちが最強だ」このツアーのためだけに正式加入したMELRAWもいた。

以前からほのめかされていた、豪華CDボックスの特典は、元老院ことオリジナルメンバーたちの指人形だった。ラストの「MIRROR BALLS」でそれらを指にはめて手を振る菊地成孔の姿は象徴的すぎてこっ恥ずかしかったし、祝祭のような雰囲気が果たして自分がこのバンドに期待していたものかは分からない。粋も色気もなく、ただ宣言だけを際立たせようという演出かもしれない。だけど、18年からの僅か4年間、1年に1回のお楽しみだったバンドのライブは、やっぱり最高だった。無限に、止まないで、このままで、いつまでも回り続けて。ディスタンスを保ったフロアでもそういう気持ちになるのだから、これまでの幸福と、先の喪失をいつかきちんと味わうことになるのだろうか。

終演後、流れ出る人たちの足元を見ながら外で煙草を吸っていると、マーチンを履いた友達はすぐに見つかった。コンビニのお酒を飲んで少し話す。レジに並んでいる間に有吉と夏目アナが結婚した。何を話したかは覚えていないのだけど、友達の日記を見てみると、ちゃんと会話できていたらしい、よかった。

初めてDC/PRGを見たのも新木場だった。
その日のこと、いやそんな時期のことを書いた昔の文章を読み返す。面白い感じがする。


日曜日 晴れの六本木

今週から12時台のANNXでフワちゃんとぺこぱ、ANN0でマヂラブのラジオが始まった。
それぞれ初回を聴いた感想は、マヂラブ疲れすぎ、ラジオやる体力が残らないスケジュール心配、ぺこぱ二人とも等身大スタイルで化けそう、フワちゃん最高!大正解じゃん、です。
曲にかぶせて自分も全部歌っちゃうポジティブ奇行が面白い。1時間通してハイテンション、キスの雨、ピンクのモンスターを脳内に直注射されている感覚で自己肯定感が爆上がりした。

朝一に一件仕事が入ったので、9時半に六本木にいる状態で土曜日が始まる。事前にわかっていたことなので、新国立美術館で「佐藤可士和展」に行ってから、つるとんたんで昼食、TOHOシネマで『ノマドランド』を見るという六本木積極ツアーを敢行。

可士和展が特に好みの作品群ではなかったのと(SMAP作品の広告で街の中全てを広告物にする、という代理店の進化系発想みたいなのは、当時に撮影されたものとみると面白かった。あんなバカみたいなこと、ちゃんとバカなままできるくらいは裕福な国であってほしかったんだけど、今の日本って何が楽しいのだろう)つるとんたんで飲んだビールがスカスカの映画館で睡眠を誘ってきたことで、予定通りに動けた満足感が何よりも勝った感じがして、首をかしげる結果に。
『ノマドランド』のクロエ・ジャオがMCU『エターナルズ』を撮ると知り、結構楽しみになる、映像の美しさは神秘的な世界にマッチする予感。どデカい道路や荒れ地、草原、雪、壮大な映像と地平線をスクリーンで見るうちに、コロナで、外の世界に期待もできず、こうして六本木なんて小さいくせに密度ばかりでやかましい場所にいる自分が、何を選択してこの場にいるのか、していないとしたら全てにどんな意義があるのか。本当に純粋な目をした何者かに問いかけられているような、不思議な気持ちになる。夜にじゃがいもの山の前で煙草を吸うシーンが良かった。

夜はロマンで待ち合わせ、アララの定例会、彼らは学生街の奥地へと向かったのだった・・


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