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スパイ大作戦

大迫に叱られた日から1週間程後の平日午前10時、僕は久々に本社の応接室にいた。

始まったばかりとはいえ、新事業が本格的なスタートをきってからの進捗見込みや、実際に取り組んでみての感想報告などは、まだ行っていなかった。

何より、東田社長からの意味深なメールが気になっていた。

「タクくん、落ち着いたら一度本社に来てください。一人で。」

新事業開始の時にも感じたことだが、東田は非常に老獪で、良く言えば機転が利く、悪く言えば姑息な所があった。そのお陰で、本社のビジネスはこれまでうまくいっており、10年以上も成長を続けてこれた会社として存在できている。

ようやく大迫の人となりに慣れてきた所で、次に相対するのは、東田になるのか…

色々な憶測や不安が頭を駆け巡る中、僕が待つ応接室に東田が一人で入ってきた。

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「お、タクくん、二人で会うのは久しぶりだね」

にこやかな笑顔を向けながら、東田は僕の向かいにゆったりと腰掛けた。

「体調崩して大変だったと聞いたけど、大丈夫なのか?」

「はい、死にかけましたが、スタッフに支えてもらって、何とか持ち直しました。」

…大迫が東田に報告したのか。大迫がちゃんとそんな報告をするとは意外だった。体調のことなど触れずに、「あいつは使えませんね」などと言っていそうにも見えるのだが。

お互いに出されたお茶に手を付けながら、新事業開始後の、店舗状況についてのみ経過報告を滞りなく済ませていった。

「年内は1店舗目に集中して、業務の流れやスタッフ管理と、起きうる問題をなるべく洗い出していきたいと思っています。外国人の介護スタッフの確保は現状スムーズにできる見込みなので、来年4月を目処に2店舗目、夏には3から5店舗くらいまでは出したいと考えています。」

ここまで伝達をすると、東田は「分かった」と言って、飲みかけていたお茶のカップを置いた。

東田は目線を下ろし、数十秒程考え込むように沈黙した後、徐に口を開いた。

「今日君に来てもらったのはね、報告だけが目的ではなかったんだよ。」

やっぱり。

「…と、言うと?」

東田は前のめりになり、応接テーブルに両肘を立てて手を組み、自分の顎を乗せるようにして続けた。

「大迫くんは、普段何をしているのかな?彼と仕事をしているなら、彼の仕事内容と繋がりをしっかり見ているだろう?それを教えて欲しい。」

僕が相槌を打つ間もなく、東田は続ける。

「あと、彼はいずれそれなりの会社を持ちたいと言っていたんだが、うちの会社の事については何か言っていなかったかな?」

話しを聞きながら記憶を思い返すと、確かに本社に関する話はちょくちょくしていたが、東田が気にするような話はあったのか、思い当たる節はこの時点ではなかった。

「あと、僕について何か話していないかな?」

聞きたかった事を話し切ったのだろう、東田は一息つくと、残っていたお茶を一気に飲み干した。

僕は少し考えこむ素振りを見せ、応えた。

「一緒のオフィスにいる時はいますが、やっている事が違うのと、入れ違いが多くて、正直そんなに話してはいないんです。だから、体調崩した際にもやり取りができていなくて、大迫さんとはうまく連携が取れていなかったんです。」

「そうか…。」

東田が残念そうに呟いたところで、僕は逆に聞いてみた。

「大迫さんのビジネス内容を聞いたら、どうされるおつもりですか?本社の新事業としてやってみるおつもりですか?」

図星だったらしく、東田はどう答えるか逡巡するように頭を掻き、どこか諦めたように言葉を捻りだした。

「そうだね…できることなら本社でやってみて、新しい収益の柱にしたい。でも、いくら大迫くんとあまり話さないと言っても、彼が何をしているか全く知らないはずはないし、それが表向きにはできないことは君も分かるだろう?」

僕は答えなかった。

だから、君を彼の所に送り込んだ。具体的に、何をしているのか、どうやっているのか、それを学んできて欲しいんだよ。」

東田の目つきが、これまでにない程鋭くなり、僕を睨みつけた。

そういうことか…

でなきゃ、この老獪な男が、会社の命運を掛けた新事業にどこの馬の骨とも分からない若造社長に相乗りするわけがない。

「今掴んでいる情報がないならそれはそれで構わない。ただ、君は当面新会社で新事業を大迫くんとやっていく。だから、これから得た情報をいち早く僕に報告してくれ。人数や資金面でこちらの方が有利だから、ノウハウがあればこちらでやった方が稼げるだろう。」

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東田はニヤリと笑い、老獪なタヌキの素顔を見せつけた。

介護は介護で続ければいい。いずれ介護をこちらで引き受けて、新しい会社大迫くんの事業を引き受けるんだ。

君にしか頼めないことなんだよ、この仕事は…

そこまで言うと、東田は半ば強引に僕に握手を交わさせ、「また」と言い残し応接室を出て行った。

「参ったな…。」

続く…

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