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裏ビジネスの真髄

東田との会合にて、僕は差し障りない範囲で、大迫のサポートをしたことを伝えた。
とは言っても、これまで会った何人かの女性と、男性の客層について位で、この程度のことは話した所で大迫の運営には支障は出まい。

「ノウハウを知る人間が必要だから、その時に君の力がいるんだよ。」

東田のこの言葉に対して、信憑性は微塵も感じていなかった。

東田には僕より2歳年上の息子が一人いる。
今は出版会社で翻訳の仕事をしているのだが、元々僕がいた本社の取締役にも名を連ねている。
新事業を立ち上げる時、今後もいくつか法人を立ち上げ、ゆくゆくは彼にも社長になってもらいたいということは、東田自身口にしていたことではあった。

このままいくと、軌道に乗り始めた介護事業は勿論、大迫から搾取した情報で始める事業も、恐らく東田は息子をトップに据えてやっていくのだろう。

何故なら、東田が始めようとしている事業など、他の社員に話せる内容ではない。
本社の運営自体は、元々典型的な家族経営状態なので、家族が出しゃばってくることなどは致し方ないと割り切ってはいた。
ただ、当の彼は現在の会社で誤発注やら誤翻訳など凡ミスを連発していて、こちらには会社の飲み会の時だけ来るような男で、お世辞にもビジネスの才覚は微塵もない。そんな人間に、汗水涙血を垂らして築いた大事なものをやるわけにはいかない。

そういう意地に加えて、僕が辞めるような噂を社長自身が流したことは、東田や本社に対する忠誠心を崩すには十分な材料だった。

とりあえずの情報だけでも、今の東田にとっては満足できるようで、
「なるほど、高所得者向けに展開しているんだな」と納得していた。老獪な東田にとっては、それだけでも充分ヒントになるのかもしれない。

一通りの話を終えると、「新しい話を待っているよ」と礼も言わずに応接室を出て行った。
だが、僕の気持ちは定まっていたため、もはや東田の些細な行動は気にはならなかった。

その後世田谷の介護店舗にて新規採用スタッフの面接を行い、いつも通り赤坂のオフィスへ戻ると、僕の少し前に戻ってきたであろう大迫が、男性客と思しき相手の電話対応をこなしていた。

電話を終えると、珍しく大迫から声を掛けてきた。
「今日は何か新しいことはあったか?」
僕は少しドキリとしながら、「目ぼしいことは特にないですね」と誤魔化したが、大迫は続けた。
「東田さんから、色々聞かれてないですか?この仕事のこととか」

大迫は何かを見透かしたような、呆れるような表情を見せた。
「最近会うと、いっつも俺の仕事のこと聞いてくるんだ。そろそろタクのとこにも探り入るんじゃないかな。」

図星だった。
「まあ、聞かれたって別に困ることねえんだけどな。俺が築いた人脈もシステムも、1日2日じゃできねぇし、素人がこの業界に首ツッコんだところで、火傷するだけだからな。」
大迫はニヤリと笑みを見せながら、PCを弄り続けた。

「素朴な質問ですけど、どうして素人が参入するとヤケドするんですか?ヤクザが絡むからとかですか?」
僕の質問に、大迫は声を出して笑い、答えた。
「ハハッ、確かにそういうイメージはあるよな。歌舞伎町や六本木の風俗系は確かにそういう所が多い。でも、今はネット中心で店舗を置かずにやってる所が多いから、裏社会との繋がりなんかなくてもやれる。実際俺の知り合いにもそういう連中はいるけど、仕事でそいつらの力や威光を利用したことはない。」

それを聞いて、僕はホッとした。
自分が関わっている仕事が、反社会的なものに少しでも引っかかっていたら、ご先祖様に申し訳ない想いだ。

「お前の質問への答えだがー」
大迫は少し勿体ぶって、PCを打ちながら暫し間を保った。
「さっきも言ったように、実店舗でもいいがネットでも出来るし、戦略は幾らでもある。」

「ただ、ある程度方法論が確立された業界で、SEOに金を掛けりゃいいってもんでもない。抱えている商品=女、がしっかり確保できないとこの商売はできないから、信用に繋がる店としての歴史や口コミが重要だ。」

「もちろん、女に対してしっかり払える報酬も用意してやらないといけないし、何より客となる男たちとの交渉力、つまり営業力も兼ね備えていないといけない。」

「結構地道なんだ、この業界は。
それに、一本の柱ではビジネスとして危険だから、複数の柱を持っとく必要がある。
だから、俺はデリヘルもやってるし、パパ活で集まってくる男女の扱いもしてるし、合コンや婚活ビジネスも展開してる。」

「男女ってのをキーワードにして、できる事は何でもやってるんだ。東田さんが思っているような、楽々即金性のあるビジネスじゃないんだよ、これは。」

なるほど…初めて大迫の仕事の概要を聞かせてもらったが、内容はともあれその考えは大きな学びになった。
ここまで多くを語ってくれる大迫も珍しいが、要所要所に、参考にすべき金言が詰まっている。

「だから、東田さんに何か聞かれたって、別に好きなように言ってくれて構わねえよ。ただ単に、この仕事舐めんな、ってことは、お前も覚えとけ」

PCを打ちながら考え込む大迫に、僕は今日の話を打ち明けた。
「大迫さんの仰る通り、ちょっと前から、東田社長には大迫さんをスパイするよう、指示されてました。ぶっちゃけ、大迫さんの仕事の事は今さっき知ったから、何も話してないですけど。」

そこまで話すと、大迫はそれまでの真剣な表情とは異なる、細めた目にニヤリとした笑みを見せた。

「へぇ、やっぱり動いたか…。タク、お前信用できるか?」

続く…





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