見出し画像

悪魔の怒り~覚悟と謝罪

医師からは数日から1週間程の入院を勧められる程の内容で診断を受けたものの、仕事においても人生においても大事な局面で、数日でも穴を開ける訳にはいかなかった。

その日は一先ず点滴で静養させてもらった後になるべく多くの薬をもらい、落ち着き次第なる早で病院に戻る旨を医師に伝えた。(無論、そういう訳にはいかないよ、とかなりの問答があった)

ラケルさんやチョナさんを信用していないわけではなかったが、大事な時は自分のケツは自分で拭く、その決意は自分の中で固まっていた。

"てめえがやるっていった仕事だろうが。責任持ってやりやがれ!"

大迫の言葉は冷たいながらも、この時は自分の中に大きな意味合いを持って響いていた。

自分自身が死ぬ気で頑張る。踏ん張る。それから、仲間に助けてもらう。

僕はそういう順序であるべきだと思う。

この日はシフトを厚くできたことで、運良く丸1日完全静養に充てられるタイミングになり、点滴を受けながら携帯で指示を出して回したが、一通りの連絡を済ませた所で、気を失ったように眠りに落ちた。

画像1

…目を覚ました頃には既に陽は傾いており、皮肉なことにこの数日、いやこの数ヶ月で一番深く長く眠れていたようだ。

帰路につきながら仕事の状況を確認したが、僕宛のメールも着信も特になく、平和的にことは進んでいるようだ。

"便りのないのは良い便り"という諺を信じ、店舗へ1本だけ連絡し、この日は静かに過ぎていった。

1日空けるだけでこんなに違うのかという程、翌日は非常に体が軽く、熱はまだ下がっていないものの朝から精力的に動き回った。当たり前の反応ではあったが、医師の診断をスタッフに伝えると、何で来たんだ!休みなさい!と怒りや呆れの対応で、非常に肩身の狭い勤務となった。(当然ながら菌を移さない様、スタッフとの接触は最小限に留めた)

しかしながら、相変わらずラケルさんとチョナさんはとても優しく、僕が椅子から立ち上がろうものなら「必要なものは取ってくるから動かないでヨ!」と気を遣い倒されてしまう程だった。そのため、自分がいると回らないことを危惧して、不在時対応リストや当面の動き方を指示した文書を作成する所で終わらせ、その他の業務を行うため赤坂オフィスに向かった。

まだ病み上がってもいない体で動くのにしんどさは感じたものの、

何もしないでいる心のしんどさを感じるよりは、数倍マシだ。

昼過ぎにオフィスに着くと、珍しく大迫がPCに向かい、何かを入力していた。僕の中では、一連の大迫の反応に対して一定の理解はありながらも、怒りと反発が大部分を占めており、「大迫にはもう何も頼まないし相談はしない」という

「おはようございます。」

「あぁ」

それ以外は特段何も会話することなく、お互い無言で黙々と作業を行い、しばし時間が過ぎていった。

2時間程経っただろうか、お互いの作業がちょうど一段落したのを、感じあい、大迫が口を開いた。

「何か、ないのか?お前から」

「ん…何か、って何ですか」

ほんの一言同士だが、緊張感の漂う数秒だったのを、自分自身とても感じていた。そして、大迫が言わんとしていること、意図も分かっていたが、僕の稚拙な怒りの感情から、僕は決して言わないと決めていた。

「言わないと分からないのか?」

大迫の声は静かながらも、語気に怒りを感じさせていた。

「分かりません。何かありましたか?大迫さんにご迷惑をお掛けしたことはないと思いますが」

自分でも言い放った瞬間に、余計な、ガキのような一言だと感じたが時既に遅し。最後に付け足した一言に、座ったまま大迫は激怒した。

「あぁ?迷惑でしかねーんだよ!おめぇ自分が何をしたかわかってねぇのか!」

怒号というくらい、面と向かっては初めて、大迫の強い圧を受け、圧倒されてしまった。

「俺は一分一秒が大事だって言っただろうが!!おめぇの仕事も俺の会社として責任持ってやってんだ!」

「おめぇが休むってことは、それだけで十分な機会損失なんだよ!この意味が分かるか!!?」

大迫は僕を睨みつけたまま続けた。

「体調不良なんで自己管理ができてねぇだけだ。這ってでも来ようと思えば来れる。おめぇが来なくて会社が潰れるってなったらどうするんだ?意地でも来るだろうが!!!」

「・・・」

僕は俯いたまま、大迫の言葉を聞き入れ、頭の中で反芻した。

自分がいなければ会社が、事業ができなくなる、となったら、死んでも来る

確かに、その通りだ…今回は、採用していたスタッフの性格やレベルに救われた部分が大きい。今後新店を増やしていった時、どうにもならない事など必ず起こり得る。今回は、ただただ幸運だっただけー

少しの間沈黙の時間が流れ、大迫が、僕が話を理解しようとする時間を与えてくれているのに気付き、大迫に目をやった。

「すみませんでした…。自分なりの覚悟はあったつもりでしたが、全然足りなかったと思います。」

画像2

僕は立ち上がり、大迫に頭を下げた。パフォーマンスのつもりは毛頭なく、後になって思い返せば、悪いと思ったということより、大事な指摘を受けたことに対するお礼のような意図だったと思う。

僕が頭を上げてから、大迫はじっと僕を見据えたまま、「気を抜くんじゃなねぇ」と呟き、再びPCに向かった。

この後、大迫は自分の仕事の手伝いをさせる事もなく、この日は何事もなく過ぎていった。19時を過ぎた所で、

「今日は早く帰れ」

と大迫は僕に声を掛け、バッグと共に出て行った。

大迫という悪魔に、厳しさの中にある優しさを感じ、この日は退勤しようと準備を始めた所で、一通メールが届いた。

「タクくん、落ち着いたら一度本社に来てください。一人で。」

差出人は”higashida”とあった。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?