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9月中旬〜"悪魔"の所以①

カリファとの切ない夜の翌日、大迫は僕が何も知らないと思っているのか、「あいつとヤッたのか?」などと、あっけらかんと尋ねてきた。

実際、僕がカリファと寝ていようがいまいが、気にはしないだろう。カリファが、大迫の気持ちを煽るためにそうすることはあったとしてもー…

そんな日を経てからも、僕の日常は変わらなかった。

朝から夕方までは介護事業立ち上げに奔走、夜は書面関係の準備をしながら、大迫の手伝い。

時にはカリファのビジネスのヘルプもあり(やってることは大迫と同じ)、土日祝関係なく、僕はフル回転をしていた。

大迫やカリファのビジネスに対しては、心理的・倫理的な抵抗感は引き続き持ち続けていたし、やらずに済むならやりたくはなかった。

ただ、本業・副業の境を付けていられない程やることがたくさんあり、止まっている暇はなかった。夢中になれていた時期ではあったので、それなりに充実感はあったことも事実だ。

6月から走り始めて約3ヶ月、純粋な感情面から言えば、大迫に対しては悪魔だと思う気持ちは薄れ始めていた。

初めは、本社で任された自分の新事業に横槍を入れてきた憎き敵、という目で見ていた。

ただ、ビジネスの本懐として、

金の動きを考えろ

ということは、間違いなく大迫から教わったことだ。この頃には気付いていなかったが、常に回遊魚のように思考と行動を繰り返すという働き方も、大迫から知らずのうちに教わっていたことでもあった。

学べるものは、相手が誰であろうが、事象がなんであろうが、学び活かす。

これは僕の信条であり、曲がるつもりはなかった。

カリファから聞いた情報から、大迫は異性面においてクズだと思いつつ、仕事においては尊敬の目で見始めそうな所まで来ていた9月中旬に、事件は起きた。

その日はオープンに向けたマーケティングとして事業所一帯の広告ポスティングに1日充てており、周囲3km圏内の住宅に、ラケルさん、チョナさんらとひたすら投函しまくり、レストランやカフェ、主婦の方が集まりそうな場所などにチラシ設置を頼みまくり、とドブ板営業をこなしていた。

脚が棒のようになりクタクタな体で、18時過ぎに赤坂オフィスに戻ると、大迫が面接を行なっていた。

この日のお相手は、白いブラウスに肩までの漆黒のショートヘアで、目鼻立ちがハッキリした美女だった。

大迫の接し方を見ていても、この子に対する期待が高いのは明白だった。

中田アミ、というこの女性は非常に礼儀正しく、退室前もキチンと時間を取ったことや出されたお茶に対して御礼を述べ、静かに出て行った。

21歳の大学生で、それこそお嬢様が行く有名女子大だった。父は大手企業の役員、母親は大学の教授だそうだ。

この後は予定があるという事でこの日は面接だけになったのだが、彼女が帰った後、大迫は早速お得意様へ営業コールを掛けていた。

「社長の理想の方がいます。是非お顔合わせください。」

何名か、即日イケそうな方を見繕い、大迫は揚々と先程の彼女に着信を入れた。

しかし、繋がらなかった。

メールを入れ、5分おきに掛けたものの、19時半まで彼女が電話に出ることはなかった。

自席に着いていた大迫は何か考えついたように顔を上げると、ニヤつきながら僕に指示をした。

「タク、今から言う番号に掛けろ。出たら、俺の顧問弁護士と言って、キャンセルは出来ない、逃げるなら法的措置になる、と言え。」

冷酷なことを、何か面白がるような、楽しんでいるような弾んだ口調で話す大迫に、僕は恐怖に近い感情を覚えた。

「え…相手は誰ですか?」

敢えて聞いたのだが、答えは明白だった。

「さっきお前も見た女だ。あの女が言ってた予定は21時から。それまではカフェに行くとか言ってたからな、電話に出れないはずないんだ。」

確かに、僕がいる時に彼女はそう言っていた。

「まぁでも、出れない事情があるんじゃないですか?予定が早まったとか…」

考えられる楽観的な理由を挙げようとした刹那、

「あの女はバックレだ。間違いない。」

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大迫は断固とした口調で僕の話を切り捨てた。

いいから掛けろ、と命令され、指定された番号に嫌々発信した。

出ないでくれー…

僕の想いは3コール目の途中で潰えた。

「はい…どなたですか?」

優しい口調の女性の声だった。

アミさんだ…

「中田アミさん、ですね?」

「あ、、、はい。」

僕は観念し、大迫の指示通りの流れで彼女へ話をした。

「先程お約束頂いたことと異なりますので、法的措置を執ることになってしまいます。大迫氏にご連絡頂いて、お客様の対応をできますか?」

努めて冷静を装いながら、自分の気持ちを押し殺して冷徹でいるように心掛けた。

「ごめんなさい、やっぱり私にはできないんです。何とか、できませんか…」

「恐縮ですが、法的観点から、それは致しかねます」

このやり取りを2〜3回した所で、彼女が泣いているのが分かった。

軽いきもちで問い合わせ、何も考えず安請け合いしてしまった事を認めた上で、今回は許して欲しい…

次第に咽び泣きに変わっていったが、スピーカーで聞いていた大迫は表状一つ変えず、紙に書いた次の指示を僕に示すのだった。

「契約解除料として100万円お支払い頂くか、訴状が届くのを待つか、お約束頂いたセッティングに対応頂くか、いずれかを選んでください」

本当に、嫌な仕事だった。

ただ、この時の僕には、拒否する力はなかった。

大迫の指示を拒否する事=新事業を放棄する事

東田が後から僕に課した枷だった。

逡巡した彼女は、

「一度だけ……行きます」

霞むような声で、彼女は承諾した。

大迫はウンウンと満足そうに頷き、後で俺から連絡するから出ろよ、と伝えろー…僕に指示を促した。

一連の胸クソ悪い対応を終えると、大迫は満足そうに顧客リストを眺め、誰に充てるかをプランニングしているようだった。

独り言をブツブツ繰り返し、対象を決めたらしきところで、大迫は鋭い目つきで僕に向き合い、呟いた。

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「あの女はそうするしかないんだよ。俺からは逃げられない。」

背筋が凍ったのを感じた…

続く


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