田宮という男

トップ同士の採用面談の翌日から、僕のオフィスで田宮が働き始めた。
「善は急げ、だ。すぐにでも始めろ」
と仲介にたった大物社長の鶴の一声で、僕とゲンさんは受け入れの準備を前夜のうちに行った。

そして翌日。
始業は9:30からとは伝えたが、田宮が来たのは9時29分だった。
間違ってはいない。

オフィス到着後に手洗い用足し、自分のお茶を淹れるまでがルーティーンで、実際に仕事を始めるのは9:45を過ぎてからだ。
これも、間違い、とは言わない。

当然、僕もゲンさんも既にその日の仕事の段取りを組み終わり、エンジンが掛かり始めるタイミングなので構ってなどいられない。
新卒ならいざ知らず自分より二回り、三回りも離れた人間にそこまで構ってあげる筋合いもないのだ。

田宮は、自分用に支給されたパソコンを特に操作するわけでもなく、しばし無言で眺めてから、誰に言うわけでもなく声を発した。

「とりあえず、僕は座ってればいいのかな」

僕らの仕事のことは、軽く伝えておいたので抵抗はないようだ。
件の大物社長が、田宮のために
「下働きでもいいから使ってやってくれ」
と言ったことは、田宮には1mmも響いていないのが手に取るように分かった。

僕は自分の中から湧き出てくる込み上げてくる怒りや戸惑いの感情を抑え、
「田宮さんがいた会社では、新入社員は初日に何をしてました?」と尋ねた。

田宮はしばらく考え込み、う〜ん、と唸ってからのんびりした口調で答えた。
「新人は、とりあえず研修って事で上司の仕事をひたすら見させてましたね。」

「ま、新人なんて、早く来て掃除やったり、上司のパシリするのが仕事ですがね。」
言い切ってからワッハッハ、と笑う田宮を見て、僕とゲンさんは頭を抱えるのだった…

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