島崎藤村と小諸市と、戌亥とこから生まれる「初恋」の歌

いろんな意味で、とても面白いコラボレーションだと思いました。

10/19公開の、こもろ観光局タイアップソング『【MV】初恋/戌亥とこ』。

とても雰囲気のある詩の響きと、鮮やかな赤色の映像が美しいMVでした。



この楽曲のモチーフは、明治の文豪、島崎藤村の詩集『若菜集』に掲載されている詩「初恋」です。(下は私個人の解釈です、かなり意図的に短くしてます)

『まだあげ初めし前髪の
 林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の
 花ある君と思ひけり

 やさしく白き手をのべて
 林檎をわれにあたへしは
 薄紅の秋の実に
 人こひ初めしはじめなり

 わがこゝろなきためいきの
 その髪の毛にかゝるとき
 たのしき恋の盃を
 君が情に酌みしかな

 林檎畑の樹の下に
 おのづからなる細道は
 誰が踏みそめしかたみぞと
 問ひたまふこそこひしけれ』


まだ前髪を結いあげたばかりの幼さが残る少女を遠目に眺めた時に、花櫛を挿した彼女の様子を美しいと思った主人公。

やがて、林檎を受け取るぐらい彼女と親しくなったころ、主人公に彼女への恋心が芽生え。

そして「ためいきが髪にかかる」「楽しき恋の盃」という比喩表現で、二人の距離が縮まった恋の様子が描かれ。

さらに時が流れ、二人が林檎の樹の下に何度も通ったことで出来た細道を、彼女が「この細道は誰が踏み固めたのかしら?」と愛らしく主人公に聞く場面で物語が終わる。


その四連の詩の、連なりの一つごとに「少しずつ縮まる二人の恋愛における距離」と「時間経過の様子」を描くという、その巧みな「初恋」の詩の構成は、今回の『【MV】初恋/戌亥とこ』でもそのまま踏襲されています。

今回の楽曲では最初にサビが来る構成なので、「彼女の問いから歌がはじまり、そこから二人の物語を出会いから振り返る」という流れにはなっていますが、全体的に抒情的で、また「初恋」からのフレーズの引用も巧みで、非常に美しい歌詞の曲になっています。

(権利的な問題から曲の歌詞は書きませんので各自ご確認ください)


また今回のこの楽曲では、そこにもう一つタイアップ先の「小諸市の紅葉まつり」の「赤」をテーマに加えているのも面白いところだと思いました。

歌詞にも「林檎」に加え「落葉」「薄紅」「秋の樹」と「赤」を連想させるフレーズをあえて多めに挿入したり、MVの映像にも紅葉の風景や、「小諸城址」を連想させる石垣の背景や、高原都市小諸の常に爽やかな風が吹いている様子を風車で表現する、などの細かい描写が随所に見られます。

作りが非常に丁寧だなと、このMVには感じるところが多いです。

未視聴の方にはぜひ、見て、聞いて、その風情を楽しんでいただきたいMVだと思いました。




以下は余談になりますが、この小諸市の「こもろ観光局」の取り組みはよく見てみると、この楽曲製作以外の取り組みも色々面白いですね。

今回の企画についても、島崎藤村の詩「初恋」で恋をかたどる象徴である「林檎」の赤に、小諸市の「紅葉まつり」の赤を重ねる、という発想も面白いですし。

そこにVtuberと地方都市のコラボを持ってきて、コロナ下で観光地から足が遠のいた客層に、再び観光をPRしようという企画自体も面白いと思いますし。

さらにはそのコラボするVtuberのチョイスを、地方に一定数生まれつつあるいわゆる「ご当地Vtuber」ではなく、あえて業界最大手の企業Vtuber「にじさんじの戌亥とこ」に持ってくるという視点も、また新しいと思いますし。

なんなら、この企画キャスティングに「にじさんじの戌亥とこ」を持ってきた、長野県小諸市の「こもろ観光局」が、同時期に行っている様々な地域振興企画の他のキャスティングが独特なのも興味深く。

例えばそれは、アニメ「ゲッターロボアーク」コラボの温泉入浴剤販売だったり、同じくアニメ「宇崎ちゃんは遊びたい!」の主演声優2名によるデートスポットとしての観光ガイドの音声案内だったりという、実に客層のターゲッティングが特徴的なところに面白みをとても感じます。

そしてどの企画も作りこみや企画趣旨の説明などが丁寧で、コラボ先へのリスペクトがちゃんとある感じなのも、とてもいいなと思いました。

個人的に「いつか行ってみたい場所」に小諸市は入れておこうと思います。



こもろ観光局
https://www.komoro-tour.jp/

広報こもろ
https://www.city.komoro.lg.jp/official/shisei_machizukuri/koho_kocho/kohokomoro_kominkampokomoro/new/11352.html

Moguliveの記事
https://www.moguravr.com/vtuber-inui-toko-3/




<2022/11/07追記>
このコラボ企画に関する興味深い記事がnoteに掲載されていましたので追記しておきます。

「41のおじさんが 島崎藤村×戌亥とこ のタッグを仕掛けた件【前編】■花岡隆太/菱野温泉「薬師館」代表取締役 2022/01/23の信毎WEBの記事」
https://note.com/hanaokaryuta/n/n40764abb4dda

上記記事内でも語られていますが、言われてみれば「小諸」という地名をあえて出さないことで舞台背景をおのずから知りたくなる流れ、がこの企画では確かに綺麗に出来ていますよね。面白いなと思いました。

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