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入出口(irideguchi)——ゆきて2

「すごく助かったよ」
隣を歩きながらミナミが言った。

「あなたが理解のある人で良かった。留学先で日本語が通じる人に出会えたみたい。力を貸してくれてありがとう」

「そんな、大袈裟だよ」と言いつつ、私は照れる。

褒められたことより友達からお礼を言われるこの状況が照れくさい。

「ファンタジーやオカルトが好きな人はたくさんいるよ。今だって異世界転生モノの小説が流行しているじゃない」
「ファンタジーもオカルトもよく分かんない」とミナミ。

ミナミは架空の世界に興味がない。
研究対象といっていいほど熱中しているのはこちら側の反転だ。

飲み会で酔っ払ってうっかり口を滑らせ、そういうものに興味があった私が根掘り葉掘り問いただして事情を知った。

そして、私たちは秘密を共有し合う仲になった。

「ハリー・ポッターは知ってるよね?」
「もちろん。あっちでもすごく流行ったよ」
「映画見た?」
「途中までは見たような……」

ミナミは頭を掻いて内容を思い出そうとする。

「ハリーがホグワーツに行くところ良いよね。なんとかの何番線ホームの……」
「9 と4 分の3 番線?」

そう! それ! ミナミは笑う。あのシーン大好き。いつ見てもドキドキするよねぇ。

私たちは少ない共通点を見つけて少し盛り上がる。
それも長くは続かない。

誰もいない道の真ん中、ミナミは立ち止まる。

コートのポケットからスマホを取り出し、宙にかざして振り回す。
背伸びをしたり、かがんだり、無人道路を行き来する姿は忙しない。

その背に向かって私は尋ねる。

「ミナミも魔法が使えるの?」
「使えないよ。マグルだよ」
「何してるの?」
「Wi-Fi スポットを探してる」
「Wi-Fi スポット?」
「そう」

この辺りにあるはずなんだけど……とつぶやく声が不安げだ。
おかしいな、誰かが移動したのかな。画面に釘付けになるミナミ。

こればかりは手伝えない。

私はその場に立ち尽くし、本日の曜日を考える。

考える間もなく、携帯電話を見た方が手っ取り早いとポケットをまさぐる。
何かとぶつかったのだろうか、タップしてもディスプレイは黒いまま。電源が切れてしまったらしい。

この機種は再起動まで時間がかかる。

こういうとき、うずうずする。
ドキドキではなく、うずうずだ。

身体が急せ いで、平常心を保てない。
こんなときこそ魔法が使えたらいいのに。

携帯やパソコンの起動を早くする魔法を。
Wi-Fi がすぐに繋がる魔法を。

「見つかった」とミナミは言った。
路地にヒビが入り、穴が空く。

紙の裂け目に似た小さな穴。中は真っ黒で、反対側が見えない。

私は「ハリー・ポッター」ではなく「銀河鉄道の夜」を思い出す。

宇宙の果てにある、石炭袋の穴。
一筋の光も差さない、終着駅。

「本当に助かったよ。全部あなたのおかげだよ」

ミナミは笑う。

私のおかげ?
助かったって、何が?

私は考える。

私たちは友達になったばかりで、互いのことをよく知らない。

こちら側の世界について懇切丁寧に説明をしたり、ミナミのピンチ(ないだろうけど)を救ったこともない。

そもそも、ミナミのいるあちら側も大して変わらない。
ただ反転しているだけで、社会の秩序や文明の進歩は同じ。
山手線の駅の数も同じであれば、駅前のハチ公像も代わり映えがない。

「ねぇ、このあと暇?」
ミナミが尋ねる。
「暇だったら、遊ばない?」
「実家に帰るんじゃないの?」
「帰るよ。だからさ、渋谷にあるわたしの実家に寄っていかない?」

「ミナミ、渋谷区に住んでるの?」
「そうだよ。なにげにわたしは都会人なんだよ」

すごいなぁ。生まれたときから渋谷に住んでいるなんて。
朝も夜も遊び放題じゃん。

束の間、私は憧れて、すぐに我に帰る。
ミナミの帰省に付き合うわけに行かない。今夜は別の友達と予定がある。

ここ、渋谷で。

DJ の追っかけをしている友達とクラブに行く予定だ。

大丈夫だよ、とミナミは強く言う。

「ここは渋谷だよ。帰ろうと思えばすぐ帰れるよ。なんならあっちの渋谷から直接クラブに行けば良くない?」

そうだなぁ、と私は思う。
どちらにせよ変わらない。

こっちも渋谷だし、あっちも渋谷だ。
ミナミに手を引かれるがまま、黒い穴へ足を踏み入れる。

……結局のところ、今日は何曜日だっけ?

ドキドキではなく、うずうずする。

▼ to be continued

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ゆきて、かえりし? 物語——「入出口(irideguchi)」

https://last-moments.com/novel/irideguchi/index.html

◆Introduction◆
すぐ帰ってくるかもしれない。
ずっと帰ってこないかもしれない。
実家に帰る友だちに、あちらの渋谷駅で遊ぼうと誘われる私。
Wi-Fiスポットと繋がるとき、五人(六人?)の運命がめぐりだす。

◇サイト内の「お試し読み」より、
「ゆきて」が無料で閲覧できます。

◇「はじまりのうた」朗読PVも公開中。

https://youtu.be/4P3gVgGnC18?si=WrcGaAKMl2N5_-Ok

★音楽協力:ぺのてあ(@penotea)さん

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