百人一首についての思い その59

 第五十八番歌
「有馬山猪名(いな)の篠原風吹けばいでそよ人を忘れやはする」 
 大弐三位(だいにのさんみ)
 有馬山の近くにある猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がさらさらと音を立てます。さあ、そうですよ。どうして私があなたのことを忘れるのでしょうか。

 Blown down from Mount Arima
 through Ina’s low bamboo
 the wind whispers,
 “I swear of my love―
 How could I forget you?”

 大弐三位は、紫式部の一人娘である。後の後冷泉天皇になる親仁(ちかひと)親王の乳母(めのと)になった。親王の母親代わりなので、健康かつ優秀な女性でなければ選ばれない。

『後拾遺集』(709)の詞書きには、「かれがれなる男の、おぼつかなくなど言ひちりけるによめる」とある。離ればなれになってしばらく会っていなかった男が「私のことをもう忘れましたか」と言ってきたので、「忘れていませんよ」と歌にして送り返したということだ。
 
 有馬山と聞くと、「有馬温泉」を思い浮かべる人も多いだろう。有馬温泉は道後温泉、白浜温泉と並んで日本三古湯のひとつとされている。そして、「温泉」は心も体も癒やしてくる。だから、この歌を通じて、大弐三位にとっては、彼は温泉のような「癒やし」を与えてくれる大事な存在だったのだろうと推測できる。

 ところで温泉と言えば、山の温泉は心身をリフレッシュしてくれるが、海辺の温泉はリラックスするのに向いている。会社勤めで疲れた人は山の温泉がいいだろう。疲れた心を癒やしてくれ、明日からまた仕事に頑張ろうという気分を沸き立たせてくれる。何もしたくないという年寄りが心身を癒やしたい場合には、海辺の温泉が向いている。私は個人的に熱海や伊東、伊豆半島の温泉などが好きだ。わざわざ大金を掛けて遠くの温泉に行こうとは思わない。

 温泉が体にいい理由は、大きく分けて2つあるという。一つ目は体をあたためる温熱作用のほか水圧・浮力、清浄作用など、私たちの体に物理的に働く効果がある。二つ目は温泉の成分が皮膚を通して体内に吸収され、体の機能が健康になる化学的効果がある。

 さらに、なんとなく気分がリフレッシュする「総合的生体調整作用」と呼ばれる作用があるという。たとえば、血圧やホルモン値が高い人は低くなり、低い人は高くなるというように、自然治癒力で体の機能を正常に導く作用があるといわれているそうだ。その上、家庭では食べられそうにもない豪華な食べ物を口にすることができる 。そして何よりも、風呂上がりのお酒は最高の楽しみである。

 閑話休題。
 この歌は心優しい女性の歌だけのことはある。母の紫式部は友達があまりいなくて孤独な人だったのだろうが、その娘は豊かな感性と優しさに満ちた人だったようだ。和歌の力はそのようなことを伝えてくれる。本当に和歌の力はすごい。

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