百人一首についての思い第二十八番歌

「山里は冬ぞ寂しさまさりけり人目も草もかれぬと思へば」 
 源宗于(むねゆき)朝臣
 山里は、冬にこそ寂しさが勝っている。訪れる人も絶え、草木も枯れてしまうから。 
 
 In my mountain abode
 it is winter
 that feels loneliest―
 both grasses and visitors
 dry up.
 
「朝臣」という肩書きは「八色(やくさ)の姓(かぱね)」の中では上から二番歌目であり、皇族以外では最高位に位置する。
 
 さて、第二十四番歌は「神の御心のままに」と詠んだ菅家であった。第二十五番歌は、世のため人のために尽くす思いを詠んだ三条右大臣。第二十六番歌は、多忙きわまりない天皇陛下のためにも行幸の思いを語った貞信公。二十七番歌は、天平文化への恋しさを歌った中納言兼輔。そして、第二十八番歌は、この源宗于朝臣である。そこにはどのような意味があるのだろうか。
 
 源宗宇は、「沖つ風ふけゐの浦にたつ浪のなごりにさへや我は沈まむ」という歌を詠んだ。この歌の意味は、「沖から吹く風で、吹井の浦に立っている浪のため、私は沈んだままになっている」という意味になる。吹井の浦は、今の三重県松坂市にある浜を指す。
 
 当時この人は、伊勢の国司として派遣されていたが、この歌で「私を出世させて、中央に返してください」と訴えているのだ。このうちが詠まれた席上に、宇多天皇がおられた。光孝天皇の孫であり、臣籍降下して朝臣となった源宗于がそのように訴えたのだ。宇田天皇はこの時、「はて、何のことだろうか。意味が分からない(なにごとぞ心えぬ)」とおっしゃった。
 
 自分の出世のことだけを考え、自分の出世・昇進に拘泥しているこの男を見て、貴族たちは青ざめたことだろう。なぜなら、この人は勘違いしていた。天皇は、国司の任命などには関わらない。太政官がそれを決める。天皇は人事を追認するのみである。
 
 日本は古来「シラス」統治の国である。だから、「シラス」とは、みんなに「知らす」、つまり情報共有化により、君民一体となって問題意識の共有をし、より良い社会を目指すということだ。
 
 ところが源宗于は、自分の出世のみしか考えていない。つまり、「ウシハク」の心である。「ウシハク」とは、主人(うし)が「佩(は)く」とは、主人が下の者を私的に所有し支配するということである。
 与えられた場所で己の使命を果たすことが、人の手本となる貴族の心構えとは最も遠いところにあった、源宗于に対して、宇田天皇は、「なにごとぞ心えぬ」とおっしゃったのだ。
 

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