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春を待つ

 バイト帰りの空は当たり前のように真っ暗で、そう思っていたら、今日は少しだけ明るくてびっくりした。
 いつのまにか季節の変わり目に差し掛かっている?そういえば昨日今日と天気も良く、風はなんだかいい香りがする。たまらなく懐かしくて、それでいて切なくて、いろんなことを思い出してやりきれなくなっちゃうような匂い。でも、この香りは好きだ。

 朝、小さな子どもたちが引率の先生に連れられて、目の前をとことこと歩いていった。水色の帽子を被った一人の男の子が、こちらを見ながら、すごく自然な感じで手を振ってくれた。僕も振り返す。名前を呼ばれたのでその場を後にする。いつまでも手を振り続けていたいと思う。そう思いながら、車のドアを勢いよく閉める。



 祝日の昼下がり、街角で突然「区役所はどこですか?」とおじいさんに聞かれた。すぐそこだったので「あっちですよ」と答えた。でもそれからしばらくして、今日が祝日だということを思い返す。区役所の前まで戻ると、がらんとした建物だけがそこにあった。おじいさんはいなかった。



 終電でマンションまで帰り着き、ふと夜空を見上げると、かなり大きい火球がどこからか飛んできて、燃えながらぱかんと弾けた。あまりの突拍子のなさに、幻か墜落した人工衛星か、もしそうなら色々大丈夫かな、とか心配しつつ、家に入る。翌日、ふつうの流れ星だったらしい、と知る。願い事をする暇もなかったな、と友人に言うと、「君が無事を願ったおかげで地球は救われたんだよ」と言われた。僕もそんなことを言える人間でありたいと思う。



 気候のおかげか、このごろ調子は良い。波が来るとすぐ調子に乗ってしまう自分だけど、命綱を離さないならそれでいい気もする。懐かしい風の匂いを嗅ぐとたくさんのことが蘇ってきて、そのいくつかは胸をきつく締め付けたりもするけれど、今の僕にそれらをどうにかすることはできない。

 ずっと抜け出したかった暗闇はとうの昔に超えていた。たぶん、またすぐに追いつかれるのだろう。いい春にしよう、何が芽吹くか分からないけれど。その先を夢見ながら、夜風を吸って走り去っていく。

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