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今日も変わらず空は晴れ

(この物語はフィクションです)

 うるさいもの、ぎらぎらした色、冷たい部屋、硬い質感。

 遠回しの会話、見え見えの打算、ただの悪口、むきだしの感情。

 たぶん向こうも意味がないと分かっているが、一応時間を共に過ごすので、お互い空っぽの言葉を吐き合う。

 我慢できなくなって、すごく切実に自分が感じていることを、ためしに尻尾だけ出してみる。そしたら「それってこういうことだよね?わかるよ」と、勝手に違う箱に仕舞われてしまった。

 よくわからんけど、みんなが楽しそうなので、顔を見て、合わせて笑ってみる。

 言葉は流れていく。いずれなくなるものなのだ。だからこれでいい。

 そそくさとそこから脱け出す。
 違う空気を吸いに。
 喫煙所ではまた違う集会をやっていて、また違う仮面をかぶって、色んな種類の違う匂いにまみれながら、自分が大好きな煙を吸う。気が付くと、僕はまたどうでもいい、いつまで経っても板に付かないくだらない言葉を発している。この一本が早くなくなることを願う。何口か吸って、逃げるようにその場を後にする。

 誰もいないところへ行きたい。あるとすればひとつ。でもこの時代、ほとんどの屋上は封鎖されている。ここも例外ではなかった。身の安全は厳重に保証してくれる。誰も責任を負いたくないから。

 帰り道、急に誰かと話したくなる。無性に今、絶対に誰かと話したいのに、誰とも予定が合わない。世界との距離が遠い。いつもと変わらないはずなのに、駅の屋根の隙間から見える夕焼けに胸をかきむしられた。

 ホームの列に並ぶ。隣のおじさんが些細なことにいちいちネガティブな言葉を返している。こうなりたいな、と思える人ばかりならいいのに、逆の例ばかり目に入ってしまう。

 ドアが開く。みちみちの人の山に溜め息をつく間もなく、その中に混じる。名前も顔も知らない体温。誰かここから救い出してほしい。誰も来てくれないので、最寄り駅が来たらちゃんと自分で飛び出す。飛び出せるようになった。

 気持ちを紛らわせてくれるもの、と思っても、能天気な広告ばかりで、見たくなければお金を払えと言う。コンビニで酒とおにぎりを一個買って、公園で飲む。酔えない。スタジオでギターを弾こうと思ったけど、全然どこも空いてない。辛うじて見つけた知らない無人スタジオに行く。弾いてもあまり響かない。ロビーで男が誰かに電話しながらこちらをちらちら見ている。また外に出る。帰りに寄ったスーパーのBGMが楽し過ぎてしんどくなる。発泡酒を一本買い足す。冷凍の餃子も。レシートばかりが財布に溜まっていく。

 気持ちと比例する部屋の荒れ。飲みかけの缶ビール。何かをする体力も、人に会う気力も、何もないのにゲームオーバーもない。構ってちゃんと思われたくないのでこの感情は誰にも言えない。そんなとき、君から電話がかかってくる。10コール取れなくても君は切らない。11コール目でなんとか出る。もしもし。君はいつものようにくだらないギャグをかます。僕はいつものようにそれをいなす。元気にしてるのと君は言う。変わりはないよと僕は言う。いつかの弁当ガラと出し忘れたゴミ袋と脱ぎっぱなしのパーカーと灰が溢れた空き缶と干したままのバスタオル、大好きなアルバムと誕生日にもらった花瓶と何度も読み返したボロボロのハードカバー。

「元気にしてるの?」と僕は言う。
「変わりはないよ。」と君は言う。

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