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『この夏の星を見る』レビュー しんどいコロナ禍の日々を見つめなおす辻村深月最新作

しんどい思いをしたコロナ禍の3年間も、決して悪いことばかりじゃない。辻村深月最新作『この夏の星を見る』(角川書店/2023年6月30日発売)は、そんなポジティブな気分にさせてくれるイイ作品だった!

過去作『かがみの孤城』に通ずるメッセージ

描かれるのはコロナ禍がはじまった2020年の学校現場。修学旅行やインターハイ、合宿などが次々と中止になって、本作に登場する中高生たちは意気消沈する。しかし彼らは、これ以上自分たちの青春を奪われてたまるかと、力強く立ち上がる。

最初に出てくるのは茨城県立砂浦第三高校の天文部員たち。物語の前半部分でこう決意を語る。

このままでは夏を迎え撃てません。(中略)大人はこの一年を、コロナがどうなるかわからない中で『様子見』の年にしてしまいたいのかな、と、私はそれも悔しいです。今年の私たちだって、何か、『これをやった』と胸を張れるものは必ず作れる。大人たちに見せつけてやりましょう」

『この夏の星を見る』

彼らは夏休みのあいだ、天体観測の腕を競いあうオンラインイベントを企画する。厳しい行動制限にもめげずに奮闘する姿が実にカッコいいし、思わず「頑張れ!」と応援したくなる。

そして読み進めていくにしたがって、「じゃあ、読者である自分自身はコロナ禍をどう過ごしてきたのか?」ということも、じっくり考えさせられる。登場人物と自分を重ね合わせることで、当時必死に生活していた記憶があれこれ蘇ってくるのだ。

あと物語の後半、子どもたちはコロナがなければ出会わなかったであろう友人とのご縁に感謝する。実のところ筆者も同じような人間関係に恵まれたので、ものすごく共感できるポイントだった。

その意味でも、本のオビにある「この物語は、あなたの宝物になる」というフレーズのとおりで、『この夏の星を見る』を読めば、苦労して過ごしてきたコロナ禍の3年間は、意味のある尊い時間だったと思えてくるのだ。

ちなみに辻村深月の過去作『かがみの孤城』(2017年)では、学校でのいじめや不登校で苦しんだ日々さえも、決して無駄なことじゃないと訴えかけられる。だから『この夏の星を見る』のテーマは『かがみの孤城』と共通していて、両作品は双子のきょうだいみたいな物語なのだ。


辻村ファンとしてアニメ化を切望する!

辻村作品は、どれも題材に対する愛情に溢れている。『この夏の星を見る』であれば、それは「天体観測」。天体観測が趣味の筆者(割と「ガチ」なほう)が読んでも、めちゃくちゃ丁寧な取材に基づいて執筆されたのが伝わってくる。

作中、子どもたちは初めて望遠鏡を自作するが、それを操る「ワクワク感」が実にリアルに描かれている。中学1年生の少年・安藤真宙(あんどうまひろ)は、自作の望遠鏡で月をとらえ、隣にいた同級生の中井天音(なかいあまね)に声をかける。

「『中井も見て!』 興奮気味に、天音に譲る。自分が視野につかまえた月だと思うと、それだけで誇らしく、早く見せないともったいない気持ちになった。急いで交代した天音の声から「わあ! 本当だ!」と歓声が上がるのを聞きながら、屋上を跳ねまわりたい気分だった」

『この夏の星を見る』

筆者にも似たような経験があるので、「あぁ、分かる!」と、このシーンに思わずマーカーでアンダーラインを引いた。辻村作品はフィクションでありながら、登場人物たちの感情はどれも「本物」である。作中で描かれる喜びや苦しみには、全く嘘偽りがない。

思い返せば、辻村深月がアニメ制作の裏側を描いた『ハケンアニメ!』(2014年)もそうだった。作者のアニメ愛が爆発していて、登場するアニメーター、監督、プロデューサーたちの心情を実に丁寧かつ誠実に描いていた。恐らく、アニメ業界の人が読んでもリアリティを感じる内容だろう。

筆者としては、辻村深月ほどの一流作家が天文業界に興味を持ち、面白がって作品にしてくれて、本当に嬉しかった。正直言って、天文なんて地味でマニアックだ。しかし、彼女が星を見る喜びを言語化して命を吹き込むと、こんなにも瑞々しい物語になるのか……! と超感激だったのである。

だから、『この夏の星を見る』のアニメ化を切望する。できれば、プラネタリウムメーカーや望遠鏡メーカーの協力のもと、全12話のテレビアニメとしてやってくれれば最高だ(前例として、他の天文系作品『恋する小惑星』(2020年)とか『君は放課後インソムニア』(2023年)とかあるし)。辻村ファンとして、いつか必ず実現してほしいと思う!

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