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『超新星紀元』レビュー 『三体』を超えて爆発する劉慈欣の妄想力

『三体』で大ヒットを飛ばした中国の作家:劉慈欣の最新刊『超新星紀元』(早川書房 7/19発売)が凄い。13歳の少年少女が全地球規模で豪快にサバイバルを繰り広げるSF小説で、この夏ぜひ手に取ってほしい傑作だ!


15億人の「ワルガキ」が暴走する

物語の冒頭、太陽系に程近いある恒星が超新星爆発を起こす。地球に高エネルギーの宇宙線が降り注ぎ、全人類の染色体を破壊。調査の結果、13歳以下の子どもは自己修復が可能だが、14歳以上の人間は全員死亡することが判明する。こうして、まだ幼い子どもたちの生き残りをかけた戦いが幕を開ける。

「子どもだけの世界」という舞台設定は、楳図かずおの漫画『漂流教室』や、ジュール・ヴェルヌの小説『十五少年漂流記』、あるいは小松左京の短編SF『お召し』にもあった。

そんな過去の名作と同じく、『超新星紀元』の子どもたちもいきなり絶望的な状況に置かれ、「お父さんとお母さんがいなくなって寂しい!」と途方に暮れる。

しかし今作の子どもたちは、今の状況はむしろ好都合だと気づく。大人が遺していってくれた食べ物も、家も、お店も、ビルも、車も、飛行機も、そして銃も……全部ボクらのものになるんじゃないか?!

やがて各国の政治的指導者の座についた主人公たちは、手にした資源を贅沢に使ってある世界規模のゲームを開催する。これが実にぶっ飛んだ遊びで、もし大人たちにバレたら絶対に怒られるやつなのだ。

喩えるなら、親に留守番を任されているあいだに、家にあるお菓子を全部食べちゃおうとか、親の大事なパソコンやお金を使っちゃおうとかいう悪だくみを、極限までエスカレートさせたものだと考えればいい。

そんなわけで地上は人類史上最悪のカオスへと突入する。叱る人が誰もいないから、街が焼けようが吹っ飛ぼうがおかまいなし! 全世界15億人の「ワルガキ」がラストまでノンストップで暴れまくる。こんな狂った話を描くのだから、作者の脳内ではきっと少年の心が生き続けているに違いない。


「子どもだけの世界」が描かれ続ける理由

また、『超新星紀元』や先述の『漂流教室』といった「子どもだけの世界」の物語は、大人になるとはどういうことなのか読者に問いかけてくる。

その答えのひとつは、「自分よりも弱い他者を守る」ということではないだろうか。

物語の主人公たちは、年下の子らに食事をさせ、教育をし、病気になれば看病をする。『超新星紀元』に出てくる小学生・華華(ホアホア)は、担任の先生から託された赤ん坊が元気に育っているかいつも心配していたし、『漂流教室』に登場する6年生の翔は、自分たちと一緒に未来へタイムスリップしてしまった3歳児・ユウちゃんのパパ代わりになろうと懸命だった。

そうやって自分よりも幼い子どもたちに尽くす登場人物たちの姿は、読者にとってまぶしく輝いて見える。だからこそ「子どもだけの世界」という舞台設定は魅力的であり、古今東西で新たな物語が紡がれ続けるのだ。

奇抜な展開の『超新星紀元』にも、子どものたくましい成長を願う作者の優しいまなざしが根底にある。今作の献辞文をみると、「娘の劉静に本書を捧げる。彼女が楽しい世界で暮らせることを願いつつ」と書かれている。

最後に、『超新星紀元』と『三体』シリーズを比較をしてみよう。物語の組み立ての巧さでいうなら『三体』の方が完成度が高いようにみえる。『超新星紀元』が作者の長編デビュー作で、初稿の完成が1999年だったという経緯を考えれば当然だろう。

しかし作者の妄想力の爆発っぷりとしては、『超新星紀元』が上かもしれない。荒削りながらも劉慈欣の魅力がたっぷり詰まっている。オススメだ!


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