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読書感想文コンクール課題図書『5番レーン』レビュー 頑張りすぎるあなたに読んでほしい韓国発の水泳小説

選手として結果を追い求めることと、競技を楽しむこと。頑張りすぎる人にとっては、どちらか一方だけではない「ちょうどいい」状態に至るなんていうのは、もはや悟りの境地かもしれない。

韓国の児童文学作家ウン・ソホルの『5番レーン』では、主人公がそんな「ちょうどいい」をめざして少しづつ成長する姿が描かれる。

小学6年生のカン・ナルはアスリート一家に生まれた水泳少女で、人生の全てを競泳にかけてきた。しかし、強力なライバルの出現で自分を見失い、スランプに陥ってしまうところから物語がはじまる。『5番レーン』はそんな王道をゆく展開のスポーツ小説で、今年の夏の読書感想文コンクール課題図書(小学校高学年の部)に選定された一冊だ。

ナルは、記録を伸ばせない自分を極端に追い込んでストレス性胃炎になる。もしここで競泳をやめたら自分には何も残らない。努力の鬼である彼女は、そう想像しただけで恐ろしくなってしまう。

物語の中盤、「ハッ」とさせられるようなシーンがやってくる。ナルは姉と一緒に自転車で公園に行こうとしたとき、タイヤの空気が減っていたので空気入れを使う。ここの情景描写がめちゃくちゃ示唆的なので紹介する。

「タイヤに空気を入れすぎると、小石でも自転車がはねてしまって、ハンドルをぎゅっとつかまなければならない。逆に空気が少ないと、タイヤと地面の摩擦が増してスピードが出なくなる。そうなると、ちょっとしたスロープをあがることさえむずかしい。『ちょうどいい』が何ごとにも大事だけれど、『ちょうどいい』がなによりもむずかしい。どれぐらい空気を入れればちょうどよくなるかを知るためには、自分で空気を入れて走ってみるしかない。それをくり返すのだ」

『5番レーン』より

なるほどこの本によると、パンパンになるほど自分を追い込んでしまって楽しむ余裕がなくなるのは、人生経験がまだまだ足らない証拠なのだ。

何事も結果を急がない。
「そんなの頭じゃ分かっているけど……」と思うような教訓だが、『5番レーン』は先に引用したような超秀逸なたとえ話にして読者に投げかけてくれる。

子どもだけじゃなく大人でも、すぐに点数や順位なんかにとらわれてしまう。誰だって、何度でも陥ってしまうワナだ。でも、そうやって自分を見失いそうになるたびに、この本から教えてもらえばいい。

優しいタッチの挿絵が作中にたくさん出てくる。

筆者としては、『5番レーン』はずっと本棚に大事にしまっておいて、今後折りに触れてページを開くべき作品だと強く感じた。まさしく、読み終わった後も長い付き合いになりそうな一冊だ。また、挿絵付きの全252ページだから、気軽に読めるボリューム。夏の最後に、是非手にとってほしいと思う。

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